私が原子力の仕事をしている時、原子力に疑問を持っていました。原子力の仕事をしていて原子力に疑問という私の態度は、それ自体が理解されにくかったのです。色分けをする日本社会では原子力をしている人はなにがなんでも原発賛成でなければならないからです。

時折、「反対の人は何に疑問を持っているのか」を聞きたいと思い、反対派の集会に行くと、「おまえは原子力なのになぜ来たのか!」と罵倒されたものです。原子力というものを正しく理解したいと思っている人は居ませんでした。賛成か反対、どちらかの陣営に入らないと居場所がなく、賛成に入ればすべては賛成、反対ならすべて反対でなければならないのです。

これは政府の方(賛成派)も同じで、私が国の委員会に居るときには、「何でも賛成」でなければ直ちに首になります。首になると発言権もなくなるので、「原子力は大切だ」というスタンスをとりました。そのことが今でも「武田はあっちではこう、こっちでは違う」とバッシングを受けていますが、そもそも私は「安全ならOK」という考えで、もとからひとりぼっちだったのです。

原子力委員会の部会委員だった時、私は原発の安全性に疑問があったので、安全性の研究をするべきだと考えていました。そこで「安全にお金を投じるように」と発言しようとしたのですが、「原発が安全ではない」と言うとその途端に発言を遮られますから、「原発は安全だが、国民に不安があるので」という理由を言って、安全研究にお金を投じることを主張しました。

それでも「なんでそんな必要があるのか!」と罵倒されて認められませんでした。つまり賛成派も反対派もあまりに距離が離れ、合意点をさぐる意思はなく、ただお互いに非難し、合意の道を探ろうとする私には両方から非難されるという状態だったのです。

でも、現実には原発は運転されていました。それがもし事故を起こしたら子供が被曝します。だから、私は合意点を見いださなければならないと考えていましたが、日本は「死ぬか生きるか」だけで、「合意点」という考え自体がないように思いました。

私の考えは、

1) このぐらいなら安全という合意点ができれば原発を動かす、

2) その代わりそこで約束したことを守る、

というごく普通のことでした。その約束の一つが11ミリなのです。

こんなことを言うとまた反撃されますが、私から見ると反対派の人は反対するのが楽しく、その結果、合意できずに原発が運転され、事故が起こって子供が被曝しても、「政府の責任」と非難するので満足しているように感じられました。

推進派の方も似たり寄ったりで、専門性が高いことを利用してウソをいうということを続けています。20153月の東電の海への放射線物質の漏洩も、「海で薄まる」などと50年前の議論を蒸し返しています。

双方がこれでは日本の重大問題である原発の問題は少しも進まず、むしろ国民の間に対立が深まるばかりです。

(平成27315日)