アメリカ大統領夫人が来日したので、テレビ各社はかなりの時間を割いて報道をしている。夫人の演説を聴いていると、私には女性蔑視を固定するように感じる。

もともと、夫が何かの役職に就いていても、妻はそれとは無関係に仕事、または家庭を担当していて、夫の仕事に口を出さないのが日本文化で、私はファースト夫人などという呼び名も風習も夫の仕事に登場しない日本婦人の文化の方がはるかに女性の尊重だと思っている。

まず第一に大統領夫人は大統領でもなく、選挙の洗礼も受けていない。その人が「人生や生活を語る」なら良いが、政治課題の演説をすると言うことになると、民主主義か否かという前に、「妻が夫の付属物なら良いが、独立しているならなんの権限があって演説しているのか?」を真正面から問わなければならない。

もう一つは演説の内容で、「女性教育の重要性」を強調していた。女性教育は女性の問題なのか? かつてはそうであったかも知れないが、現代では女性と男性を区別せずに社会的チャンスを与えることであり、それは主要な政治課題であって、政治家の夫が無視しているので、妻が演説しなければならないという「下位」の政治課題ではない。

大統領夫人が女性教育を論じることは、女性教育は正式な政治課題になり得ないマイナーなものであるとの判断があるのだろうが、それでは女性蔑視を固定するものだ。

社会の儀礼として社長夫人、ノーベル賞受賞者夫人、首相夫人などに一定の敬意を表しても良いが、それは挨拶などであり、演説などしてもらったら困る。この反対で女性首相、女性女王などの夫が表に出たり、演説したりすることはほとんど無い。エリザベス女王、ドイツのメルケル首相の夫を知る人は少ないし、テレビも取り上げない。こんなことで女性が男性の対等なパートナーになれるのだろうか?

(平成27319日)