松本健一先生といえば当代随一の文化人であり、経済学部のご出身ながら先生が醸し出す文化の香りはとても素晴らしいものでした。過去形で書かざるを得ないのはついこの前、とても残念なことに他界された。

松本先生と元首相の中曽根康弘氏との対談をまとめた「政治は文化に奉仕する」という書籍がシアターテレビジョンから出版されていますが、題名だけを見ると、「あの中曽根さんが?!」とか「政治が文化に奉仕するって??」という疑問を持つでしょう。

でも、政治が文化に奉仕するのは当然でもあります。「ペンは剣より強し」という言葉は、文化は政治、経済、軍事を上回り、新しい社会、より幸福な人生を築くことがその使命であることを示していますが、ペンが剣より強いということ自体、文化が国家を作り、新しい生活を創造することを意味しています。
(本来の「ペンは剣より強し」というのは権力者なら短刀を使わなくても、署名一つでギロチンにも掛けられるという意味で誕生した言葉だが、その後、剣より著述物の方が強いという意味で使われているので、その意味) 

でも、歴史はそうではありません。シーザーやナポレオンは「暴力」を第一とし、文化はその結果として生まれたものです。また徳川家康も乾隆帝も、文化で新しい政治体制を作ったものではなく、「力」を使っています。

それから見ると、あるいはマルクスは偉大かも知れません。資本論という一冊の著述で20世紀に入るとマルクス思想の共産主義国家が多く誕生したからです。マルクスの思想は人間性の把握という点でやや不十分であった私は思いますが、成功失敗ではなく、「文化が政治を創造した」という意味で評価できるでしょう。

どうしたら文化は政治、経済、軍事に優先し、新しい時代を切り開くことができるか、なぜ今までの歴史の中で文化は政治・経済・軍事の後追いだったのか? まずはそれを考えなければならないでしょう。

人間が「頭脳の動物」であるとするならば、「筋肉の動物」がその支配原理としている「力」に頼り、力が強い人を英雄と呼ぶのは間違っていると私は思います。

(平成27317日)