少年の殺人事件が起こり、残虐な殺人だから少年法を改正するべきという空気ができつつある。でも、なぜ「少年法」があるのかというところから考える必要がある。少年法が存在するのは、少年だから甘くするというほかに、社会的な影響もある。

15歳の少年が犯罪を犯した場合、単に「罰する」というだけでは、多くの犯罪が懲役10年以内だから、刑が終わって出所してもまだ20歳代だ。その人たちが「犯罪人」ということで再教育を受けないと再犯する可能性が高い。

その意味から、むしろ少年法の年齢を上げて、「罰するより再教育」に重点を置いた方がよい。犯罪を減らす方法としては、懲役より長い教育期間を置くなど、少年の人生と社会の安全を調和したシステムを作る必要がある。

「罰すれば良い」というのは間違いで、同時に「甘い処罰は問題だ」というのも正しい。この矛盾を解消する知恵は「人間と社会の価値を大切にする」ということにつきるだろう。私の提案は、「少年だから懲役の期間を短くする」のではなく、「懲役の長さは成人と同じだが、内容は懲役ではなく、教育を受けさせ、落ち着いたしっかりした人間になるまで出所できないとする」が良いと思う。

ところで、少年の犯罪は30年ほど前から減り始め、今では約半分になっている。つまり「少年法が少年の犯罪を止めている」ともいえる。マスコミの報道が微に入り細にいっているので私たちはまるで「少年犯罪が増えている」と思いがちであるが、報道も正確に事実を伝えることが大切だ。えてしてマスコミが間違った情報で世論を誘導してしまい、それが日本に打撃を与えることがある。

また、マスコミが少年法を無視して(一部の委員会で少年でも本人を推定することができる報道が許されるとの見解もあるが)、出身、学校などを報道している。時には「大学が発表したから私たちも」という理屈もあり、まるで「泥棒が泥棒しても良いと言ったから」というのに近い論理もある。

法律すら視聴率(自分のお金)を優先して無視するマスコミや専門家が犯罪を犯した少年のことを報道したり、批判したりする資格はない。すでに週刊新潮は表現の自由を放棄すべきである。

また選挙権を18歳からにする案もあり、諸外国とのバランスではそれも良い可能性があるが、18歳からにしたから政治に関心が高まるわけではなく、政治家が誠意があり、公約を守るなどをまず宣言しなければならないだろう。また少年法は若年者の犯罪の問題である、むしろ社会的には25歳までの引き上げもあり得ると思う。

再犯を防ぐのが第一だから、少年の時に犯罪を犯すと懲役にはならないが、教育機関が倍になるというような方法で犯罪を止めることもできる。つまり、懲役なら5年なのに、教育10年ということになり、犯罪の抑止にもなるし、出所したときに再犯率が低くなることが期待される。

(平成2734日)