私は憲法前文「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」を(今のところ・・・整理中で変わることあり。人間は進歩していく)支持ししています。

平和ばかりではなく、戦争の原因となる「専制と隷従」、「圧迫と偏狭」こそをこの地上から除かなければならないと考えていますし、それを通じて日本が再び名誉ある国として尊敬されるようになることこそ、子孫への最高のプレゼントと思うからです。

憲法9条はこの前文を現実にする力はないのではないかと私は(今のところ)思っています。ある国が別の国を隷従させることを許さない日本国の態度、ある国が自分だけの価値観に囚われて他の国の価値観を認めないことを許さない日本国の態度、それを現実にするためには「軍隊を持たない」というのでは達成されないと思うからです。

今年は4月からこの問題を本格的に進めるために、今、名古屋でも東京でも準備を始めており、その準備の準備がこのブログの「反日日本人」、「普通の歴史」、「最期の一撃」、そして小学館の「正しいとは何か」の活動です。

平和を維持するためには憲法9条は不十分ではないか? 私たち日本人自身が戦後70年を経て、どのような具体的な議論が必要か。まず第一に、「もっとも戦争の起こりにくい戦力とはなにか?」から勉強しています。

つまり「軍隊を持たない」、「隣国と対等の軍事力を持つ」、「隣国に対して圧倒的な軍事力を持つ」のうち、どれがもっとも平和を保つ力があるかを最初に調べています。アメリカは現在、3番目をもって平和を維持することができると考え、多くの日本人や日本政府も同じ考えなので、イラク戦争の時に自衛隊を派遣し、さして反対がなかったと思っています。

しかし、アメリカは実際には戦争に戦争を重ね、「世界の警察官」と言っていましたが、日本人の人質が命を落としそうになっても助けに行かず(警察官ではないことを証明した形)、すでに張子の虎であることが明らかです。

それでは私たちは「日本の平和だけを考える」のか、憲法前文にあるように「平和を世界に働きかける力」があるのか、それはどういうことなのかを考えています。「最期の一撃」もそのような感じで読んでいただき、ご感想などをお寄せいただきたいと思います。

いずれにしても、日本国憲法をどうするではなく、具体的、論理的に国民の議論を進めていく必要があると思います。

(平成2722日)