20世紀初頭、日本が国際的に台頭したとき、世界でアーリア人に支配されていない地域というと、アフリカではエチオピア、アジアではシャム(タイ)、中国、それに日本のたった4カ国になっていた。このうち、エチオピアは疫病があってヨーロッパ人が近寄らず、タイはフランスとイギリスの間で外交的には半独立だった。

そして中国はその国土をアーリア人に切り売りして、さらに中心部は「アーリア人の側につく」ということで国土を保持していた。

日本以外で「アーリア人の支配下にあったか」という点で、議論が残るのは南アメリカだが、インカ帝国は壊滅して、住民、白人、黒人の混血になった。また都市などはアーリア人と混血によって再建されたところが多い。また、言語はポルトガル語とスペイン語で、もともとの生き残ったインディオ(住民に関するヨーロッパの呼び方)の人口が少なかったこと、白人ほど上流階級であったことから、ヨーロッパの延長の土地と言ったほうが良いだろう。

結局、驚くべきことだが、1930年頃の世界を見ると、アーリア人の支配下にはない国というのは、「日本」ただ一カ国になっていた。

私は「本当に日本だけかな??」と度々、自問自答する。でも、アフリカは1885年のアフリカ分割会議で完全に分割されていたし、中東は民族はアーリア人だが、イスラム教でもアジア的でもあったが、ここもほぼアメリカとヨーロッパに制圧されていた。世界のどこかに小さい国で何も特徴もなく、資源もないのでアーリア人の関心を呼ばなかった国はあるかも知れないが、有力どころは全て支配下にあった。

中国は長く「中華思想」を持ち、アジアの近隣国に頭を下げることを求め、あるいは朝貢させ、属国にした。でも、アーリア人が来ると、態度を一変させてアジア諸国を助けるどころか、自分の大きな土地を割譲しながら、白人側についた。しかし、すでに世界は中国と日本しか独立していなかったのだから、仕方がないかもしれない。中国のやり方が標準的で日本が異常だったとも言える。

だから、日露戦争でロシアに勝ち、第一次世界大戦でドイツに勝ち、いよいよ1930年、ロンドン軍縮会議で日本がアメリカ、イギリスと対等に近い軍艦数が国際的に認められると、「この野郎!黄色い猿のくせに!」という猛烈な敵愾心が白人の中に生まれたのも無理からぬことだ。

白人がよってたかって日本人を潰そうとしても潰れない。そればかりか満州に帝国を作り、それを従えるようになった。ロシアは満州から北方へ下がり、千島、樺太も日本に取られた。アメリカはユダヤ資本との関係もあり、中国に鉄道利権を作り上げようとしたが、日本が妨害してうまくいかない。

イギリス、フランス、オランダは東南アジアを植民地にして甘い汁を吸っていたのに日本が大東亜共栄圏などといって脅かしてくる。中国はすでに自分たちに土地を割譲するし、日本に対抗してくれるから良いが、日本には困っていた。

日本が千島列島、樺太、日本列島、朝鮮半島、琉球諸島、台湾、小笠原諸島からなる東アジア海洋国家でとどまっていれば、あるいはアーリア人はとりあえず我慢したかもしれない。中国が白人の餌食になるままにし、東南アジアの諸国に対するアジア人としての連帯感なども捨ててしまったら、あるいは日本一カ国ぐらいはそのままにしたかもしれない。

ただ、戦前のさまざまな論評や演説を見ると、日本は周囲を取り囲むアーリア人の包囲網に対して、とにかく針を出し続けるだけで、妥協も作戦もなかったように見える。それこそがこのシリーズで明らかにしようとしていること、つまり「アーリア人の世界史」だけが頭に入っていたと考えられるからである。

明治以来、日本はアメリカやヨーロッパの先進的技術や政治体制を取り込んで近代化を図った。そのために政治家、経済人、学者はこぞってアメリカ、ヨーロッパに行き、そこのものを思想から工業製品まで模倣してきた。日本人の融通性、理解力、勤勉などが幸いして、アジアの諸国より断然、欧米化するのが早く、その結果、独立をし、強国になった。

でも、日本人は白人ではなかった。獰猛な白人の中でどうすれば生き残ることができるか、その作戦がなかったのも仕方がないことだったかもしれない。

(平成27129日)