アーリア人の活動は残虐で、到底、人格者とは思えない集団ではあるが、それなりにダイナミックで世界史を動かしてきただけのことはあるという感じがする。何事もそうだが、穏やかな人は良いとも言えるけれど、すこし激しさが不足して時代を切り拓いていくところは少ないかも知れない。

(宗教)

アーリア人の活動を大きな目で見てみると、紀元前2000年に一度、移動をして、その800年後の紀元前1200年に第二次の大移動をする。それから200年後に各地に有力な宗教を作り出す。ギリシャ神話、ユダヤ教、ゾロアスター教、そしてバラモン教(後のヒンデュー教)と仏教である。いずれもこれらの宗教は紀元前1000年から600年ぐらいの間にできて、いずれも同じ宗教から出ている宗派である。

その後、紀元ゼロ年にはキリスト教、600年にはイスラム教ができて、世界は仏教、キリスト教、イスラム教、そしてヒンデュー教でほぼ示されるようになる。現在、ヨーロッパの思想で「宗教の自由」と言っているのは、日本語に訳せば「宗派の自由」である。

アーリア人が作り出した宗教は、主としてその目的が「アーリア人の支配」にあるか、後に侵略と支配の道具として使われた。そしてあまりに宗教が強力だったために、アーリア人自体の精神も締め付けることになって、紀元前800年から紀元後1200年ぐらいまでの2000年間、アーリア人の活動は主として宗教的活動に制限されていた。

つまりアーリア人は自らあまりに強力な宗教を複数作ったので、その軛で苦しんだということで、その中には十字軍とイスラムの戦いがあるが、これも同一宗教内の宗派の対立でもあった。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地がいずれもエルサレムなのでややこしいというけれど、それは同一宗教だからある意味では当然でもある。

(文化)

紀元1200年になると徐々に精神活動が盛んになり、15世紀にはダ・ヴィンチが現れて本格的なルネッサンス時代になる。でも、ルネッサンスだけなら学問や芸術が盛んになるので良いことだが、精神が高揚したアーリア人は再び2500年前の「侵略の精神」を思い起こし、「大航海時代」と称する「大侵略」を開始した。

ここでむつかしいことが生じる。日本の歴史学はヨーロッパのものなので、用語までヨーロッパを正当化し、歴史を曲がって伝えるようになっている。その典型的なものが「アメリカ大陸発見」、「アメリカン・インディアン」などだ。

言葉というものは恐ろしいもので、もともとその地に住んでいる人たちをヨーロッパ人は「原住民」と読んだ。原住民と呼ぶとそれは「未開で野蛮な人たち」というニュアンスあり、その結果、「殺しても問題はない」ということになる。また「原住民の女は自由に犯しても良い」というお触れも、「従軍慰安婦」より「良いこと」という評価になる。人間の持つ差別意識を巧みに利用している。

イギリスがインドを植民地にするときに学者を動員して「インド人がいかに劣る民族か」を明らかにしておくという準備をする。この試みは意外にもイギリス人とインド人のルーツが同じことが分かって失敗するが、アーリア人の侵略は文化も動員した用意周到のものであることも日本人は知る必要がある。

(軍事、産業)

そして最後に彼らは「力」を準備する。それが軍事技術、産業力である。彼らは戦争が好きで、戦争で勝つためには武器を磨き、産業を盛んにする必要があるので、絶え間ないアーリア人同士の戦闘で他の民族より格段に強い力を得ていた。このことはなにかの機会に整理したいと思う。

いずれにしても、15世紀には「宗教、文化、軍事、産業」のあらゆる点でアーリア人が爆発的に世界に進出する条件が整ったのである。

(平成27125日)