日本の素晴らしさについてはこのブログでも何回か整理をしたし、また宗教についてはもう一度、詳しく書きたいと思っているが、ここではまず日本の宗教観、他国を尊重すること、そして誠実で礼儀正しい日本人の3つを3回に分けてまとめて整理してみたい。

1224日にはキリスト教徒、1231日は神道信仰、正月は仏教徒になってお寺詣りという日本人。これから結婚して新しい人生を始める時に「信仰するイエス・キリスト様の前に愛を誓う」とウソから家庭を始める・・・

でもこれが正しい宗教観で、キリスト教徒、イスラム教徒などと区別する方が神様に対して失礼であることは明らかだ。もともと、世界の宗教はカスピ海の北方にいたアーリア人の神からでていて、それが紀元前2000年ころにギリシャ、パレスチナ、ペルシャ、インドなどに拡散して、ユダヤ教、キリスト教、バラモン教、仏教になり、さらに時代が下って、同じ神からイスラム教、道教などが誕生している。

つまり、神様は一人でカスピ海の北にお住みだった。ゾロアスター教やバラモン教のようにもっとも古い時代にできた宗教も、「宗教ではなく宗派(神ではなく偉人が作ったもの)」で、日本で言えば、真言宗の空海、浄土宗の法然、日蓮宗の日蓮のような偉人が作り出したものだ。

真言宗の人が浄土宗のお寺にいっても咎められないように、ゾロアスター、お釈迦様、イエスキリスト、マホメットのような偉人が大きな宗教をつくり、その偉人の教えを学んで弟子たちがさらにカソリック、プロテスタント、ロシア正教、真言宗などを作って、その時代時代にわかりやすい形にされている。

神道はすべての神を包含し、教祖も教典も戒律もないので、宗教という意味では、カスピ海の北の神様も包含する。つまり、現代の日本で言われている「信教の自由」とは、「宗派の自由」であって、複数の宗教というものはまだ地上に誕生していない。

だから日本人がキリスト教(キリスト宗派)、神道(宗教ではない)、仏教(仏宗派)を一緒に信じても、それは「もともとカスピ海の北にいた神、日本の大地にいた神」を信じているのだから、奇妙でもなく、見境がないわけでもない。まさに「正しい宗教観」に基づいている。

それは当然のようにも思える。そもそも神様というのは宇宙全体、少なくともこの地球全体は見通しておられるだろうから、神様が複数おられるということはありえない。もし複数の場合でも神道の「八百万の神」のように「仲良く一緒」のはずだ。ただ、人間が神を理解するためには、その時代、その地方で違うだろうし、また人間は戒律が必要だったり、神の形が見えないと不安だとかいろいろあるので、偉人が宗派を作りたくなるのも理解できる。

結婚式の愛の誓いや近しい人との死別など、人間には神が必要であることも確かで、神は人間が想像したものか、それとも人間が誕生する前から人間の形をした神がおられたかはわからないので、その答えを求める必要もないように思う。

ただ、「同じ宗教(神の世界)で違う宗派(偉人の世界)」を間違えて、昔から血なまぐさい戦争や争いが続いているので、それは日本人が世界に向かって声をあげ、「宗教は一つ。宗派争いはやめよう」と呼びかけるのが良いと思う。

フランスで宗教が絡んだ銃殺事件があったが、日本から「宗教の争いは同じ神様なのだから、やめたほうが良い」と発信する良いチャンスだ。

(平成261220日執筆のち修正)