「地球温暖化」というのはアメリカとヨーロッパが仕組んだ「平和外交」だった。ダマしが入っているので、あまり褒められないが平和外交だから武力より良いかもしれない。

地球が温暖化するなどということは、二酸化炭素が昔の濃度(昔は95%だった)に戻るのだからありえないことだが、アメリカとヨーロッパに平和外交の力があった。
1) 20世紀に日本軍の働きで植民地の多くを失った。それまでは植民地のあがりで裕福な生活をしていたのに、自分たちで働かなければならなくなった。
2) さらにアジアが発展すると安く輸入している製品がなくなり、エネルギーの値段も高くなる。

そこで「アジアの発展を軍事力ではなく、何とかして抑える必要がある」ということで考え出したのが、リサイクル、持続性社会、それに温暖化の3点セットだった。すでにアメリカ、ヨーロッパは発展してしまっているので、ここで何らかの方法で「現状固定」を行うとヨーロッパの優位が続き、アジアから安い製品を入れることができる。fb1317


この図は左がドイツ人が一人で使っているいろいろな資源、右がフィリピンなどアジア諸国の人が使っている資源で、一目瞭然、ヨーロッパ人が世界の殆どの資源を使っている。そこで「持続性社会」の構築で中心的な役割を果たしたスウェーデンの学者が「持続性社会の原理」を出す。

カール・ヘンリック・ロベールの循環4原則
(1)自然の中で地殻から掘り出した物質の濃度が増え続けない。

(2)自然の中で人間社会の作り出した物質の濃度が増え続けない。
(3)自然が物理的な方法で劣化しない。
(4)人々が自らの基本的ニーズを満たそうとする行動を妨げる状況を作り出してはならない。

ヨーロッパの北方民族は苦労しているから理屈がうまい。これだけ見るとなにか「善人」のように思うが、基本は「現状を変化させていけない」ということであり、その現状とは上の図のようにすでにヨーロッパが一人あたり10倍以上の資源を使っていることを変えないようにしようということだ。

これこそ「平和外交」の一つで、残念ながら現実のこの作戦に引っかかったのは日本だけで本命の中国、インドは参加しなかった。このような平和外交を日本では「ズルい」と感じるだろうが、弱肉強食を正しいとする世界では「正当な手段」の一つであり、その証拠が1995年のベルリン・マンデートと1997年のバード・ヘーゲル決議である。

1995年のベルリン・マンデートというのは、二酸化炭素の削減にあたってヨーロッパの打撃を少しでも少なくするために、「共産国の崩壊前の二酸化炭素排出量を基準にする」という外交戦略だった。共産国は不効率で二酸化炭素を膨大に出していたから、西側諸国に組み込まれて急激に排出量が減少した。減少した後の量を基準にすると自分たちの首を絞めるので、「ヨーロッパの共産主義のある時代に立ち返って、それを基準にする」という奇妙な計算方法を編み出した。これが京都議定書の計算様式である。

もう一つは京都議定書締結に際して、「中国とインドが参加しなければアメリカは批准しない」というアメリカ上院決議で「バード・ヘーゲル決議」といい、与野党の全会一致95:0で決まった。露骨ではあるが正々堂々とはしている。

現在の日本は「国土を守るのは軍隊だけ」という意見が大半だが、平和外交を得意とする人を議員に選ぶと戦争をしなくて済む。それには「知恵」と「度胸」、それに「粘り腰」が必要で、譲らず作戦を組み、地球温暖化のようにじわりと相手国を弱らせていく人が平和をもたらす。

日本も国際社会でリードをとれる国になるなら、平和外交の一つも展開して、戦争をせずに自らを有利にする方法を考えるべきだろう。平和外交とはそういうものだ。

(平成261116日)