「futoru_1__20140914743.mp3」をダウンロード


「太ったシマウマはいない」というのはよく言われます。サバンナには豊かな草原があり、時に干ばつが訪れることもありますが、普段は美味しい草が一面にはえています。つまり人間でいえば、ご馳走がいつも目の前にあるという状態です。

シマウマにはダイエットとか糖尿病という知識もなく、医師もいません。それなのに、自分が食べなければならない量を正確に知っていて、しかも「目の前においしそうな草があっても」、「自分の意志で食べるのをやめる」のです。

よく、「人間はなぜ塩辛いものが好きなの」とか「甘いものが好きなのはなぜ」と言う質問がありますが、「塩は人間に必要なものだけれど、時々、無くなるのでその時の為に余計にとろうとしているから」とか、「カロリーが不足することがあるので、甘いものがあるときにまとめて食べておこうとする」と説明されます。

もし、そうならシマウマも時々、干ばつになったりして餓死したりするのですから、草原に草が豊富にあるときに「食べておこう」と思うはずです。特にシマウマは本能に従って生きているのですから、自分を防衛しようとする力も強いはずです。それでもシマウマは余分に食べず、太ったシマウマはいないのです。

進化論的に考えれば、常に適正体重に保とうとするシマウマと、危機を予想して草がある時に小太りになっておこうというシマウマがいて、もし後者(小太り)のほうが生き残るとすると、「食いだめするシマウマ」が残っているはずなのですが、それも否定されます。

このように野生動物は、草食動物も肉食でも、ライオンのように強い動物でもネズミのように小さなものも、「太った野生動物」は珍しいことはよく知られています。野生動物のエサと肥満の関係の実験も多く行われていますが、「野生動物は太らない食べ方をする」のです。

ところが、人間に飼われているイヌ、ネコなどになりますと、肥満します。人間は脳も発達し、かなり特殊な動物ですが、イヌやネコは体の仕組み、頭の判断力などほとんど野生動物と同じなのに、人間のそばにいると肥満します。

病気でも同じようなことがあります。数年前、日本が大騒ぎした「鳥インフルエンザ」という感染症がありますが、この病気は「家禽病」の一種で、原則として野生の鳥はインフルエンザにかかっても発症(熱が出たり、死んだりすること)しないのですが、家禽(人に飼われている鳥)はインフルエンザ・ウィルスに感染すると発症して死にます。

鳥インフルエンザが流行すると、何万羽というニワトリが処分されますが、あの光景は悲惨ですし、第一、どうも理屈に合いません。ニワトリは空を飛ばないので、中国でインフルエンザ・ウィルスが流行しても、日本に運んでくることはできず、野生の渡り鳥が感染しても発症しないので、元気に日本に来て、ニワトリにうつしているのです。

つまり、目の前にいる野鳥もインフルエンザに感染しているのに、発症していないのでインフルエンザかどうかわからない、だから野鳥は処分しない、ニワトリは発症して熱を出して苦しんでいる、だから処分する、というのも残酷ですね。人間にとってはどちらも危険ですが、見かけだけで処分するトリを決めているような感じでもあります。

それはともかくとして、「野生動物は太らないし、病気にもなりにくい」のですが、「人間や家畜、家禽は太るし、病気にもなる」というのはどうしてでしょうか?

(平成26914日)