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江角マキコさんかマネージャーの人が、長嶋さんの家の壁に悪戯をしたというニュースが流れている。このことで今日のニュース番組が奇妙なことを放送していた。「なぜ、テレビは本当のことを放送しないのか?」という疑問の一つの解答が含まれているので、取り上げてみた。

江角さんのグループが長嶋さんの家の壁に悪戯をしたことは双方が認めているので、「事実」である。それに対して江角さんがブログで「マネージャーがやったことで、私(マキコさん)自身が指示したことではない」と書いた。そこで、テレビでは、

1) そんな言い訳は通用しない、

2) 江角さんが可哀想だ、

という二つの意見がぶつかっていると紹介していた。実に奇妙だ。

「意見」というのは「事実」がわかってから、頭の中に出てくるもので、「事実」がわからないのに「意見」がわいてくるものではない。私は科学者であるからか、事実を確定しよう、せめて事実に迫ろうという努力をして、「まあまあこれが事実だな」と思ってから「意見」が頭に浮かんでくる。事実がわからない間は、私の場合は意見は出てこない。

この場合、江角さんは「私ではない」と言っていて、それが本当かどうかはまだ調査もされていないし、反論もない。だから江角さんが指示したのか、マネージャーが勝手に描いたのか全く分からない。

ところが、「そんなはずはない」とか「それでは言い訳になっていない」などの意見があった。でも、事実は当人たちしかわからないのに、なぜ「そんなはずはない」と言う人は、自分がこの事件に関係もなく、そこにも居なかったのに、なぜわかるのだろうか? まさか「自分は全能だ。遠くを見通せる」と思っているのだろうか?

さらに江角さんの応援部隊も「可哀想」と言っても、本人が書いたのなら軽い犯罪だから、大人なら可哀想でもなんでもない。これも事実がわからなければ意見は出ないはずだ。私は事実がわからないのだから、個人的に呟くことはあっても、大勢の人に向かっていうことなど絶対にできない。事実もよく知らないのに、他人の事を云々するような人にはなりたくないからでもある。

このように事実を確かめずに意見だけを言うと、社会的にも大きな結果を招くことになる。その一つが福島原発事故の時の被ばく量だ。法令には11ミリを限度とし、子供は特に注意ということがあるだけで、それ以外には根拠はない。それなのに「1100ミリまで大丈夫」などという人がいる。

現実に、福島原発事故で漏れた放射線量は広島原爆の約200倍なのだから、だれも「安全」とは言えない状態だから、それまでに決まっている「事実」だけに基づかない「意見」は頭に浮かばないはずだからである。

「事実がなくても意見がある」とか「自分の意見に都合のよい事実だけを集める」ということがあまりに多く、そのためにテレビも新聞も混乱している。朝日新聞の慰安婦事件、南京虐殺事件、吉田調書事件、牛込柳町鉛中毒事件、サンゴ礁崩壊事件など膨大な「ウソ」があるが、これも「意見」や「利権」が報道機関でも「事実」に優先している例でもある。

朝日新聞の数々の捏造報道は、朝日新聞の体質もあるが、朝日新聞の読者自身が「事実」より「意見」を好んだことにもあると思う。

(平成26912日)