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戦争は次のようなときにおきる。
(1)
ある民族がどちらかの方向にどんどん進んでいくとき、
(2)
ある民族が膨張するとき、
(3)
ウソをついて政治的な目的を達するとき、
(4)
むやみと戦いたいとき。

 

明治以来の日本の二つの大きな戦争はいずれも(1)だから、「戦争を反省して、平和を求める」ということになると、まずは(1)を整理して、日本人の考えを統一し、平和に向って体制を整える必要がある。平和を望む感情も大切だが、感情は移り気で確固たる国家体制を作ることはできない。
 
・・・・・・・・・

 

ロシアはもともとウラル山脈の西側の白人が作った国で、15世紀まで、キエフ、モスコーを中心とした「普通の国」だった。それが、どういうわけか(まだ歴史的にある民族が突然、どちらかに向いて膨張し始めるのか、科学的には証明されていない。突然、目覚めて活動を活発にするというのは分かっているが)、16世紀になって西へ西へと移動し始めた。

 

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これがロシアの膨張の歴史だが、突如として東に向かって突進し始めた。ある民族がどちらかの方向に進み始めると、それはレミングの集団自殺伝説(科学的には間違っていると考えられている)のように突き進む。

 

キエフはウクライナの首都でやや寒冷だが、夏は20℃ぐらいで過ごしやすい。真冬でも最高気温は10℃を超えるし、農作物も豊富にとれる。モスコーはかなり寒いがそれでも北方の民族が生活をするうえでそれほどひどいところではない。

 

もし、ロシア人が「より住みやすいところ」と思うなら、どちらかというと南や東南の方向に進むならわかるが、わざわざより厳しい気候のシベリアに向かって突進したのだ。おそらくは「誰もいないか、弱い民族しかいない、もしくは昔、東から来たモンゴルに痛めつけられた恨み」などが考えられる。

 

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とにかくロシア人は万難を排して東へ東へと進んだ。それが容易なことでなかったのは、この図にも示されている。ロシアが東に進むと、その地方への補給などに鉄道が必要となり、このような苦労をしてシベリア鉄道を敷いた。なんでこんな苦労までしてキエフから延々と地の果てまで来なければならなかったのだろうか?

 

そして、明治維新の少し前、1860年に太平洋側(日本海沿岸)にウラジオストクを建設する。ウラジオストクとはロシア語では「東を支配する都市」という意味で、まさに「さらに東に行くぞ」と宣言した町である。ここにロシア極東艦隊がその主力を置いて、日本海と太平洋を支配しようとした。

 

この時、それはちょうど19世紀の終わりで、日本は明治維新から30年ぐらいたったところだが、運の悪いことに中国は清がすでに衰退していて、自分たちの出身地である満州にロシアが迫っても、もう北京で良い生活をしている清の首脳部は満州など関心がなかった。朝鮮も李朝がすっかり衰えて「国の体」をなしていなかった。

 

今、韓国の人は愛国心に燃えて歴史をそのまま見ることができなくなっているが、当時の朝鮮はそれは荒廃したものだった。国は衰退するときと繁栄するときがあるので、ちょうどその時期にあった。だからロシアが満州に進出すると、清は自分の国土なのに「はい、どうぞ」と満州をわたし、ロシアは満州の最南端まで来て旅順に大軍港を作った。

 

もし清が本当の意味での独立国なら、ロシアが「自分の領土、自分たちの国民の住んでいるところ」に来たら抵抗するところだが、それもしない。指導層はそんなことより自分の懐を増やすことだけに熱心だった。続いてロシアが朝鮮半島を縦断して南の鎮江湾に軍港を作るというと、これも驚くべきことに「はい、どうぞ」ということになった。

 

現代の韓国の人は納得できないと思うけれど、朝鮮は独立国と言っても長く支那の属国で、朝貢していたので「ご主人の国」からの指示を受けても特に問題には感じなかった。これも国の指導部が「国民」とはまったく離れていたから、自分たちの得になれば国を売るというのが常識だったからだ。今の韓国は愛国心もあり、国民が豊かになったが、当時はそうではなかった。

 

ロシアはほとんど抵抗を受けずに、モンゴル、中国、朝鮮の領土を通って日本に肉薄した。それが日露戦争になった。なぜ、ロシアはモスコーからはるばるウラジオストクまで、さらに旅順、そして鎮江(韓国の南)まで来る必要があったのか? それを日本が迎え撃つのは当然で、ロシアが日本に来たことが戦争の原因だった。

 

当時、ロシア皇帝ニコライは「日本は戦争するはずはない。ロシアのほうが強いのだから」と言っていたが、その通りで、西に進み始めてからロシアに抵抗した国はなかったのだ。だから、日露戦争はロシアの侵略戦争であり、日本は防衛戦争だった。

 

何でロシアはこんなところまで来たの? そして日本の歴史学者はなぜこんなところまで取りに来たロシアを非難しないで「日本の軍国主義がわるい」というのだろうか? 日本は何も悪くない。軍国主義でもない。ロシアが悪い。

 

(平成26815日)