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STAP事件では、科学研究の経験がない多くの素人が参戦した。これは良いことだったが、小保方さんはかわいそうなことになった。つまり、リンチ的になったからだ。その一つがコピペでこれは前回に説明した。次に「間違った図など使うなんて、あり得ないミスだ」と言う人が多かった。

 

でも、これまで長く論文を審査し、またネイチャーなどの有力紙を読んできた私にとっては、今度のSTAP論文ぐらい多くの図と豊富な情報を提供した場合、1や2つはミスがあるのが「普通」で、「ミスがないのはあり得ない」ことだ。

 

これは私の先生で「歩く教科書」と言われたぐらいの権威のある先生が「武田さん、ミスがない論文を出そうとすると、死ぬまで出せませんね」と言ったことを思い出す。私も万が一にもミスがないようにと思って論文を出すが、まずミスがある。

 

特に今回は「写真の使い回し」という悪意のある言葉をマスコミが使ったことが問題になった。「使い回し」というと一度、どこかに使ったものを意図的にまた使ったというように聞こえるが、事実は「膨大なデータがパソコンにあり、そこから論文を書くときには「これが適切だ」と思うものを取り出す」ということで、特に数年前のデータなどは時々、錯覚する。

 

おそらく、「あり得ないミス」という学者は、データが少ないのだろう。一所懸命、研究しデータが多い研究者は常に間違いの恐怖の中にある。彼女が記者会見で、「実はバージョンアップしている間に、どこかで写真を間違えて貼った。そして「正しい写真」を探すのにずいぶん、時間がかかった」と言っていた。私もまったく同じ経験をしたことが多くある。正しいデータが頭に浮かぶのだが、それを見つけることができないことが多い。

 

また、論文というのは、学会などに提出したら、その論文にミスがないか、論旨はしっかりしているかについて責任を持つのは「査読委員」であり、それを読んだ人が「あり得ないミス」などに気が付くはずもない。それこそ、ミスを見つける人に悪意が必要だ。

 

ここで、この論文がどんなに良心的なものだったか、図や写真、ビデオはどんなに多かったかを「感覚」でわかってもらうために、いかに問題の論文に使用された図表、ビデオ(一画面だけ切り取っているが、現実の論文には長い実験結果がビデオで示されている)を示す。解像度がわるいので詳細は分からないが、こんなに多い図表や写真、ビデオを使用したのはそれほど多くない。

 

これだけ良心的な論文をだし、社会に多くの情報を提供した意図が、なぜ、1,2枚の写真を間違えた(私はそのことは論文を読んだ人に絶対に錯覚を与えないと思う)のを問題にしてバッシングするのだろう。おそらく科学に興味がないと思う。

 

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(平成26411日)