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政府に所属する機関には、経産省や財務省のように「政府の政策を強力に進めるための役所」と、文科省、環境省、かつての総理府原子力安全委員会のように政府の政策とは一線を画して行動しなければならない任務を持つ役所もある。

 

さらには、会計検査院、検察庁のように、政府自体のお金の使い方をチェックしたり、首相も逮捕できる役所まである。つまり、政府が行政機関だからといって、すべての省庁のすべての業務が「首相の命令のもとに動く」というものではない。

 

会計検査院はたとえ首相の経費でも、不適切な経費は調査して公表する。総理大臣が命令したから、どんな豪華なものでも、国政に必要のないものでも購入してよいということではない。税金の使用用途というのは限定されていて、そのチェックは会計検査院が全権を持つ。

 

検察庁も同じだ。
田中角栄元首相がロッキード事件で逮捕されたとき、国会は田中派が多数を占め、時の政府は田中派に抑えられていたといっても良い。でも検察庁は5億円収賄の容疑で田中角栄を逮捕した。仮に田中が政治家として立派なことをしたとしても、また首相として政府のトップにいたにしても、「悪事は悪事」、「法律は法律」であり、それが厳然と守られることが日本の発展になることについて、日本人は合意をしているのだ。

 

最近、憲法解釈を巡って、内閣法制局が政府の命令を聴くべきかどうかの議論があるが、ここでは「文科省は政府の政策に従うのか?」について整理をしてみたい。

 

今から70年ほど前に大東亜戦争が起こった。戦争をするべきかどうかは政治の問題であり、いったん、戦争をすると決めたら、国民は一致団結、戦争に勝つべく努力しなければならないだろう。

 

でも、文部省はどう動くべきだろうか? 陸軍省、海軍省、通産省、大蔵省などは懸命に戦争遂行に向かって働かなければならないが、文部省は「未来の子供たち」の教育を担当している。

 

「未来」は「現在」ではない。戦争は数年で終わり、その後、戦後が来る。だから子供たちには「戦後」に向かって、戦争にならないように「他国の知識」、「国際情勢」を教えておく必要がある。

 

事実、第二次世界大戦がはじまって間もなく、日本が参戦した時期であるが、アメリカとイギリスを中心として「自由貿易体制」が議論され始めた。戦後に有名になったブレトンウッズ体制(自由貿易体制)は、日本が戦争を始めた年、つまり1941年にアメリカとイギリスを中心として始まっている。

 

「戦争を始める時に、戦後の計画を立てる」というのはかなりごつい思想だが、戦争はある理想や概念のために戦うのだから、戦後の計画無くして戦うのは「何のために戦っているのか」がはっきりしないので負けることになるだろう。

 

つまり、政府と言うのは「複線構造」が大切で、内閣総理大臣の意のままに政府が動くのは適切ではない。政府の仕事のうち、「直接、政策を進めるもの」と、「政府の活動をチェックするもの」と、さらには「未来に向かって活動を続けるもの」の3つの要素がある。

 

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今から15年ほど前だが、文科省の下請け機関が、中学生に教える環境の副読本の執筆を依頼してきた。すでに教育分野でも環境問題は大きなテーマだったので、私は人間の活動、科学技術、自然、それらの相互の関係のもとでの環境の大切さについて、中学生にわかりやすく図表などを交えて書いた。

 

ところが、文科省の下請け機関から「このような内容の副読本は不適切だ。リサイクル率やダイオキシンの毒性などを具体的に入れること」という指示が来た。そこで、プラスチック類のリサイクル率が1%程度であること、ダイオキシンは人工物ではなく毒性については研究中であることなどを追記して出した。

 

そうしたら激しい論争になった。

 

文科省の下請け機関の人は「政府の発表と同じ数字と内容を書け」と言ってきた。今でも同じだが、政府の「リサイクル率」というのは、「リサイクルした比率」ではなく、「リサイクルするつもりで集めた廃棄物の比率」と「焼却してもその100分の1でも熱として風呂でも沸かせばリサイクルに入れる」ということだった。

 

これに対して私のリサイクル率の定義は「収集した廃棄物のうち、現実にリサイクルして製品にし、それを販売した比率」だったから、数値は全く違った。

 

どんなことでも、子供に教える内容は「社会の利権や政府が政策を進めるために説明する内容」ではなく、「学問的に正しいこと」でなければならない。もし学問的にまだ決着がついていない場合は、二論併記か基本的なことを説明するのが適切だ。

 

たとえばリサイクルの場合、「廃棄物をできるだけリサイクルして再使用するのが望ましいが、現在のところ、品質などの問題で1%から2%程度しか再使用されていない。将来はリサイクルする技術やシステムを開発しなければならないと考えられている」と説明すればよい。無理やり、リサイクル率を高くして、間違ったことを教える必要はないのだ。

 

つまり、文科省は「未来を担う子供たち」のために「現在の政府のスタンス」とは一応、離れて活動するべきであり、このような複線構造の概念が日本に定着することが大切だと考えられる。なんでも決めることができる「殿様のいる世界」から、「法律のルールにそって分担して責任を持つ時代」に進歩したいものだ。

 

(平成2639日)