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あるドラ息子が豪華な車を前にして威張って「すごいだろう。この車の燃費は3500CCクラスの中で抜群なんだ。ガソリン代がいらなくて経済的だ!」と言っていた。聞いてみると車はお父さんに買ってもらったという。

 

ドラ息子は「車を買った時に全体として必要なお金」は知らない。車は親父が買ってくれるし、税金や車検代も払ってくれる。だから、日々、かかるガソリン代だけですべてだと錯覚している。

 

でも、このドラ息子も家庭を持ち、サラリーマンになると違う。購入代金から税金、車検、それにガソリン代を計算して、総合的に考えることができる。良い大人が何もせずにお金をもらっているという状態は、人間をダメにしてしまうものだ。

 

先日、ある読者の方から、六甲のケーブルカーを税金(補助金)を投入して12000万円を使って回生式にして「節電」してエコを達成したという記事があったとご連絡があった。節約できるお金は1年で26万円とされるから、回収までに460年もかかることになる。

 

設置した電気回路や機械類の寿命が46年とすると、何の役にも立たないものを「省エネ」とか言って囃していることになる。なぜなら、電気というのは「ケーブルカーが走るときだけに使われる」ものではないからだ。

 

12000万円の電気や機械の設備を作るのにはそれなりの電気を必要とする。エネルギーと言うのはほとんど製品のコストに比例しているから、12000万円の値段をする設備は、それだけの電気を使うことを意味している。だから、ストレートに460年分ということはできないが、少なくとも200年分ぐらいの電気を使って装置を作り、それを460年かけて回収することになり、環境の悪化はひどいものだ。

 

ここまで来ると「たちが悪い」というような気がするが、同じようなことが「原発再開」でも起こっている。

 

発電の種類をどうするかについて、「原発はCO2を出さない」として、CO2対策費を石炭と天然ガス発電だけに加算して、「原発が安い」としている。誰にでもわかることだが、原発と言うのは作るときに大量のCO2を出す。なにしろ、セメント、鉄鋼、銅線などでできている原発だから、それらを製造したり、輸送したりするのに大量の化石燃料を使う。特にセメント、鉄鋼、銅精錬などは「エネルギー多消費型素材産業」で製造されるので、多くのエネルギーを使うのは当然だ。

 

でも、「原発推進の奥の手」がある。お役人の考えそうなことだが、「鉄鋼やセメントを製造するときにでるCO2は、それらの産業でカウントしているから、原発に入れるとダブルカウントになる」という屁理屈を立てる。

 

実は、「ダブルカウントになる」というのは国が産業ごとにどこでCO2を出しているかを調べるのに産業とCO2の排出量をだすのであって、発電方法の相互の比較では、実際にその発電をするまでに出るCO2をすべて足さなければならない。

 

このトリックは一時、電気自動車に使われたことがあった。NHK(NHKだけではないが、NHKは正確な報道のためにあるので)は数年にわたって「電気自動車はCO2を出さない」と放送していたが、あまりにも科学とは違うので、今では「電気自動車は走行時にCO2を出さない」と言い換えている。しかし、その時にはすでに多くの人が「電気自動車はCO2を出さない」と錯覚している時だった。

 

そして、現在でもNHKは「走行時にCO2を出さない」と言うことだけを言っている。走行時にCO2を出さなくても、製造時に出すCO2も足し合わせると普通のガソリン自動車よりCO2を多く使うのだから、CO2排出量と言う意味では電気自動車は何の意味もない。「エンジン音がなく静だ」というような「正直でまともな説明」をしなければならない。

 

「科学技術立国」であれば、科学者や技術者がストレスを感じないような社会でなければならないが、あまりに政治と利権に学問や科学が屈しているように見える。

 

(平成2632日)