「2013122710171017.mp3」をダウンロード

 

水俣病は実際には、国の審査に問題があり、会社は責任がなかった。ところが裁判所は自分が「国」だから、国に責任を求めず、会社を「無過失責任」で罰した。つまり本来は国に過失があるのだから罰せられるところだが、国は人間が運営していないので過失はないという前提に立ったので荒唐無稽な判決となった。

 

そのために、「新しい物質」の国の審査はそのままで改善されなかった。そして「新しい物質の安全審査に古い物質の科学を使う」という原則が残り、その結果、カネミ油症事件、ミドリ十字事件、そしてまだ厚労省の審査の経過がはっきりしていないが、今回のカネボウの美白化粧品の事件になった。

 

つまり、厚労省は「美白化粧品」として「承認した」というけれど、「何を」承認したのだろうか? 実は、承認手続きというのは抜け道で、現実的には「形式的な申請があれば承認する」というものだ。なぜなら「実態審査をすると、問題が起きたときには国の責任になる」ので、「実態審査をしないようにする」という方法をとっているからだ。

 

国のいわゆる「審査」というものは、「申請する事業主体(会社など)が責任をもって申請してくれば、実態ではなく形式だけでOKを出す」というものだが、それならそういえばよいのに、たとえば普段は、「厚労省が認めた薬ですから安全です」とか、「その薬は危険だから厚労省は認めていない」などという。

 

非常に巧みにできていて、事件が起こらない時にはお役所が承認したように言って、事件が起こるとお役所に責任が及ばないようになっている。だから、裁判になると「無過失責任」という変な責任が問われることになる。事件が起こらない時には国が承認しているというのは国の縄張りを主張する(認可権についての力を持つ)ということだが、それでは役人の為の仕事になってしまう。

 

国民としては、健康を害してから、その保証金をもらいたいわけではない。健康を害したくないということだ。しかし現実には会社は小さい会社、大きい会社、いかがわしい会社、信頼できる歴史のある会社など種類が多い。だから、安心して生活するためには「税金を役所に収めて、国民の代わりに審査をしてもらっている」と信じている。

 

そうでなければ税金を払いたくない。でも、現実はそうではない。長い役人の歴史の中で、「審査をしているようで審査せず、事件が起きれば国民が健康を害し、会社がその保証をする」という「切り捨て方式」なのだ。だから、実際は「承認」とか「認可」で守られているはずの日本国民は、中国やアメリカのように「国は守ってくれない」ということが前提になっていなければならない。

 

つまり、過酷なことだが、今回の美白化粧品の被害者は、「美白化粧品として厚労省が承認している」というのを信じてはいけないのであって、「カネボウを信じる」ということなのだ。これはすでに姉葉建築士の偽装マンション事件でも明らかになっていて、「建築確認」というのは実は「建築が適正かどうかを確認した」のではなく、単に形式的な書類が提出されたかどうかをチェックするということだけであることが判明した時と同じだ。

 

こんなことに使われている税金は膨大で、到底、会計検査院が「ムダ金」として指摘している5000億円などの規模ではない。ほぼ20兆円ほどであり、それは消費税をゼロにできるほどの無駄なのだ。

 

役人と同じように悪をしているのがNHKだ。NHKはこのような仕組み(事件が起こると無過失責任となる)というのを知っていながら、このような事件が起こると、「何月何日に疾病が報告されたけれど、会社は1年半もほっておいた」ということだけを報道する。

 

対応が遅れたというのは患者にお金の補償をするだけで、病気にならないようにするのではない。つまり、「科学的な間違い」に注目するのではなく、「事後の補償問題」に国民の目を向けさせるためである。

 

この世に悪いことがはびこるためには、悪いことをする人とそれに味方する人がいることが多い。悪いことをする人が厚労省、それに味方する人がNHKで、被害を受けるのが女性、お金を失うのが会社というわけだ。

 

でもこれに気が付き、「それではいけない」というのは他ならぬ国民であって、国民がNHKの味方をしていたらまたかわいそうな女性の犠牲者を出すのは目に見えている。

 

(平成251223日)