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もともと文学の多くは男と女を取り扱っている。なんといっても人間にとって男女の間のことは興味のあることであるし、同時に不可思議でもあるからいくらでもテーマはある。ここでは男女の間の愛の形ということに絞って私のベスト3の小説を紹介したい。

 

まず第一にイギリスのエミリー・ブロンテの作で有名な「嵐が丘」だ。物語はイギリスの荒野の貴族の一家の物語で、主人公はキャサリンを深く愛するヒースクリフ。男性の激しい愛とやがて憎悪と復讐へとかわる激しい筋立てだが、さすが世界の名著といわれるだけあって、筋道とか人物には若干の違和感があっても全体として強く印象付けられる内容だ。

 

男性の愛は女性に誘導され、頭脳で作り出された幻想であるというのが私の考えだが、それを文学的に表現したもの・・・キャサリンを愛するヒースクリフはその愛が幻想であるがゆえに、復讐心に代わりキャサリンの家庭を全滅させる。

 

二番目がデュマの名作で「椿姫」、この物語はヴェルディのオペラがあまりに有名なので小説の影が薄いが、私はやはり小説で読んだほうが感激する。娼婦マルガリットと純粋な貴族の青年アルマンとの恋を描いたもので、筋書きは単純だが、自分の愛する青年を幸福にするために自らが身を引き、犠牲となって死ぬ。

 

初版はマルガリットの裏切りの理由をアルマンは知らずに恨んで終わるが、その後、あまりにかわいそうだということで、現在ではアルマンがマルガリットの心を知ることになっている。でもどちらでも同じで、自らを犠牲にする女性の純粋な愛を作者の体験をもとに書いている。作者の父はダルタニアンやモンテクリスト伯で有名な大デュマである。

 

フランスの「椿姫」と同じ小説が日本にもあり、簡素だが、読み方によっては「椿姫」より優っているのではないかと思うのが伊藤佐千夫の「野菊の墓」だ。

 

15歳の政夫が2つ年上の民子と相思相愛になり、民子は他人と結婚して死ぬ。その時に民子の手に握られていたのが政夫からの手紙と写真だったというこれも純愛もので、すでに著作権が切れているのでネットでもすぐ読むことができる。

 

数多くの舞台や映画になっている小説で、何回読んでも結末は涙なしでは読めない素晴らしい人間の男女愛の物語だ。一つ一つの文章に作者の並々ならぬ才能を感じる。

 

この3つの小説を思い返すと、男性の愛は短絡的、わがまま、視野が狭い、幻想として描かれ、それに対して女性の愛はやや打算的なことを含んではいるけれど、自分に対する男性の愛が純粋ならわが身を捨てることもできる。まさに愛の本質が性染色体によって決定されていることを深く感じざるを得ない。

 

小説の魅力の第一は文章の巧みさだ。下手な文章ではせっかく、描くもの、人物、思想などが素晴らしくてもまったく感激しないし、何気ないことも文章が素晴らしければ私たちの心に直接、響いてくる。

 

嵐が丘や椿姫は翻訳に頼らざるを得ないが、それでも十分に奥深くまで行くことができる。小説は言葉を一つ一つ追っていくもので、その点では音楽を伴うオペラとか、映像で強い印象を与えることができるのに、人間の脳の働きは一つ一つ文字を追っていくほうが相性が良いのかもしれない。

 

(平成251217日)