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名古屋でもっとも格の高いホテルが「ロブスター」を「伊勢海老」と偽って販売し、支配人のような人が「ロブスターと伊勢海老の区別ができなかった」と発言した。

 

伊勢海老はエビ特有の大きなハサミを持っていない「イセエビ科」の節足動物だが、ロブスターはハサミを持つ「ザリガニ科」だから、見かけも全く違う。調理の時にはハサミをどうするかが大きな問題だから、伊勢海老とザリガニ(ロブスター)を間違えるはずはない。

 

標準卸値で、伊勢海老は1キロ8000円、ロブスターは4000円で、約半分といわれる。ホテルはこれまでロブスターを伊勢海老と言って売ってもうけた差額を、何らかの形(もっとも良いのは慈善事業や教育への寄付など)で社会に戻すべきである。少なくとも「詐欺」でどのぐらいの収益を得たか、その不当なお金をどうするかについて、明らかにしなければならない。

 

日本橋高島屋が「牛と豚のあいびき」を「和牛ミンチ」と言ってメンチカツを販売していた。もともと「あいびき」というのは肉の中でももっとも安価なものであり、「和牛」というのは高いというイメージがある。それを狙ったサギである。

 

もっともメンチなどを作るときに牛肉だけではパラパラしてまとまらない。だから、豚肉が入るのが普通だから「それも知らないでメニューを見るな」ということかも知れないが、それでも天下の日本橋高島屋としては恥ずかしいことだ。

 

そのほかの偽装について謝罪した重役が、「レストランで出すものには法律の規制がない」と言ったのでびっくりした。謝罪はしているが反省している顔ではなかった。

 

この事件で、テレビの解説者が「包装してある食材はJAS法で表示が決められているが、レストランのような対面販売の場合は質問できるので規則はない」と言っているのを聞いて、また驚いた。日本橋高島屋のレストランで、「和牛メンチカツ」を食べたときに、「これは和牛ですか?」とか、「メンチカツで豚肉を入れないで形は整いますか?」と聞けというのだろうか?

 

ものには程度問題や社会常識というのがあり、怪しげな屋台(店が移動できるという意味で屋台が怪しいということではない)で食べるときと、日本橋高島屋のレストランで食べるときはこちらの心構えも違うし、提供している値段も違う。

 

そんなことをしなければならないということになると、JRの切符売り場で350円の切符を買うときに、「本当に350円ですか?」とJRの職員に聞かなければならない。これまでの日本社会は「信用ある人が書いたり、言ったりしたことは、そのまま受け取ってよい。もし書いたり言ったとおりでなければいつでも契約は解除できる」というのが不文律だ。

 

有名な話がある。江戸時代、日本の渡し(通行人を川を渡す仕事)は渡し賃が1銭なら1銭と最初から言うのが特徴で、ヨーロッパも中国も渡し賃が1セントの時には最初は客に2セントと言い、客が1セントしか払えないといえば根切に応じるといわれた。

 

日本は島国で人の出入りも少なく、値段は「正価」を書くのが普通で、それに対して大陸国では生物でいう外来種(見ず知らずの外国人)が多いので、正価を表示するのは少ない。

 

私が最初にアメリカに行ったとき、ホテルに入ると前払いを「デポジット」と言ってとられ、バーに行くとお金をだしてお酒を飲むのにびっくりして目を丸くした。日本は「信頼性」が基本となるので、ホテルも後払い、もちろん飲食店は最後に払うのが文化になっている。

 

このような日本文化を大切にするためには、今回のレストランの事件を「誤表記」と報道する新聞やテレビの方も問題で、「詐欺」(サギ)に決まっている。阪神阪急ホテルも日本橋高島屋ももう一度、記者会見をして「信用していただいていたことから、私たちは法律的にどうかは別にして、詐欺をしたと認識しています」と言ってほしい。

 

でも、これはどうやら「誠実な国・日本」が「サギ社会・日本」になったほんの一部だろう。まずは、「現代の三悪」である、民主党、NHK、東大教授から、何らかのステートメントを発する必要があり、特に政権をとった民主党から「詐欺をしようとしたのか、それともやろうとしてもできなかったのか?」という説明を行う記者会見を開くべきだろう。

 

でも、先日、奈良の北に行ったら、そこにいる人の礼儀正しいこと、誠実なこと、控えめなこと、昔のよき日本人がそのまま残っている。そこから小一時間、阪神阪急ホテルとは全く違う日本を見るようだった。

 

(平成251110日)