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先の大戦で日本人の同胞310万人が尊い命を犠牲にした。それは私たちにとって耐えがたいものであり、またその方々の魂、無念の心を厳しく考えなければならない。

大戦の直接的原因はアメリカによる禁輸措置(今で言う経済制裁)だったが、もう少し日本の中の情報が自由になっていたら、国民の知恵を総合することができるので、防ぐ方法が見いだせたかも知れない。

日本には「大知」(山片蟠桃)という考え方がある。優れた少数の人が考えるより、多くの人の知恵の方が勝るということだ。

「お上の方が日本国民より優れた判断をする」という仮定は間違っていたし、今でも間違っていることが多い。これは「個別の学力や判断力」はお上の方が上でも、人間は「欲望を抑制できない動物」であり、「自らの欲望を正当化するために優れた頭脳を使う」という動物でもある。

共産主義が理想的な社会であることは言うまでも無いが、それは「個別の人間に欲望がなく、欲望を正当化する頭脳がない」という仮定が必要だった。今、秘密保全法の議論を聞いていると、まるで「共産主義が良い」と言っているようだ。

「情報を国民が知ればろくな事はない」ということだが、「情報を隠せばろくな事はない」というのが歴史の示すところである。特定の国家機密ですらオープンした方が良いと思うが、「特定の国家機密」だけは秘密にしたいという人が自民党に多いとしたら、もっと誠実な態度で「国民が一般的行為をしても、絶対に秘密保全法には触れない」と明確に述べ、法令に記載すべきだ。

もともとこれまでの最高裁の判決を見ても「基本的に秘密はない」、「あることが「秘密」であるかどうかは、上司が決めることはできない」ということだ。国民が主人である民主主義では当然であり、かつ日本は平和国家だから、「軍事機密」などもあろうはずも無い。

軍事的なこともより積極的に公開して、隣接国とよりフランクな関係を作ることが大切だ。むしろ、尖閣諸島、竹島、千島列島などについての日本国の基本方針をハッキリして、隣国と継続的に会話を続けることや、北朝鮮との関係を改善するなどの方が「機密」を守るより遙かに優れている。

時代はむしろ「秘密保全法」ではなく、「ダダ漏れ法」を作るべき時だろう。中央官庁の局長クラスの部屋、重要会議室、大学でも教授会、学長室などには常にカメラと自動放送装置があり、国民が常に聞こうとすれば聞ける状態にあるようにするのが「未来の明るい日本」、「美しい日本」だろう。

(平成251023日)