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福島事故以来、すっかり地に落ちた原子力人だが、敗軍の将兵も軍人の魂を失わなければ敵将は無残な取り扱いはしないだろう。

どんなにそれが旨かろうと安かろうと、魂のある寿司職人は食中毒を出すことはない。想定外だから食中毒?それは寿司職人のすることではない。

想定外だから事故になった?そんなことは原子力人の魂は言わない. 電気を製造するけれど、ゼッタイに国民を被曝させない・・・それが原子力人の魂だ。

「無農薬野菜」に力を入れていたのに、出荷した野菜に農薬がついていたからと言って、「農薬は体に優しい」と言い換えるのは農家ではない。

平時は11ミリ.1万年に1回の事故に限って15ミリと自分たちで決めていたのに、外人が言ったからといって120ミリとか100ミリというのは原子力人ではない。出て行ってくれ!

事故を起こしてゴルフ場に迷惑を掛けても「無主物」と言って裁判に持ち込み、2年経ってトラブルを起こしても能面のような顔で「すみません」もいわない。東電には原子力人はいない。

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今となっては日本に原子力人は皆無になった.絶滅したのだ。でも、私は言いたい.一人でも良いから原子力人の魂を持った人がテレビでも新聞にでも、国の委員会でも出てきて欲しい。私たちは魂を持った人間なのだ。

もともと原発は危険だった。それは2006年に「想定外の事が起こったら国民が著しい被曝をする」という文書を確認したでは無いか。それなのに国民には安全だと言ってきたでは無いか。

そして事故を起こしたのだから、心から謝り、すべてのデータを出し、全力で被害を少なくするようにしたい。原子力人の魂を持った人はいないのか! 東電の記者会見ほど醜悪なものは見たくない。あれは原子力人ではない。

原子力人なら原発を再開したくないはずだ。私たちは「原子力は安全で、国民に豊かさをもたらすものだ」と確信してきた。それが原子力人の魂では無かったのか? 

安全な原発こそが原子力人の望みなのだ。1000年後には再び原子力人が現れるだろう.

(平成2549日)