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大学はレジャーランド化した、成人式では若者が暴れる、ワケのわからない汚らしい格好をして町を歩く・・どうにもならない・・・と思っている年配者も多い. でも昨日、講演をした龍谷大学はまさに「奇跡の大学」だった。

「新入生への講話」で「大学生活の指針になるようなことを話してくれ」という要望だった.でも私は気が進まず、思わず「1時間半もですか?」と聞き返した. 今の大学生が「講話」を1時間半の長い時間、持つはずも無いと思ったからである.

でも、講話を終わって会場から出たときの私は、すっかり変わっていた.「奇跡の大学だ!」と心の中で叫んだ. 長野大学以来の感激だった.

100人の学生が大講堂に集まり、1時間半、学生が静かに、しかも目を輝かせながら聞いていたことにも驚いたが、話が終わった後の質問が、的を得ていて真剣・・・「人生に悩み、物事を真正面から考えている若者がこれほど多くいたか!」と驚いたものである。

かといって、若者らしい明るさが無いわけでもない.タクシーで大学の正面玄関で降りると、若い人と写真を撮った. 茶目っ気もあり、はつらつとしている.それなのに守る事はシッカリ守る事ができるのだからたいしたものだ。

新一年生(一回生)だから、まだ龍谷大学の仏教の教えには触れていない。私の手元には「りゅうこく」という小冊子があり「あなたと私」という素晴らしい特集が載っていた。こんなに優れた先生がおられるのに私が講和するのもどうかと思うのだが、たまには学外の先生もというご配慮だろう.

なにしろ、2600年前からのお釈迦様、1000年前からの親鸞聖人のお知恵に基づいているのだから、素晴らしいのは当然だ.でもその薫陶を受けていない新一回生なのに、どうしたのだろう!

仏教の教えに基づいた大学に入る若者がそもそもそうなのか、もともと日本の若者はシッカリしているが、周囲がダメになるとそれに左右されるのか、それとも龍谷大学の門をくぐると瞬時に数1000年の教えを会得するのか?それはわからない。

日本の若者は崩れていない。崩れているのは大人であり、年配者であり、東大出であり、若者はむしろその被害者なのだ・・・

(平成2549日)