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女性の幸福論をちょっと一段落して、男性と女性のこれまでの違いを少し整理してみたいと思います。「これまで違ったから、これからも違う」ということを言おうとしているのではありません。

平安時代、今から約1000年ほど前ですが、「男性に許されず、女性が活躍した」という分野が多かったのです。たとえば「小説」がそうで、男性には基本的には「漢字で書く記録」しかゆるされず、自由な発想で仮名を使う小説や随筆は女性がほとんどでした。

清少納言、紫式部などが活躍したのはそれが理由でした。世界で日本ほど女性を重んじた国はなく、小説で言えば紫式部以後、約700年たってフランスで初めての女流作家がでたのです。

男性は「固定」を望み、女性は「流れ」を求めるとされます。男性は記録し、鉄器のような変わらない物を作り、家にあるものを捨てず、系図を重んじたりします。

反対に女性は、そこら辺にある紙にメモをし、料理のように時間が経つと腐るものを扱い、要らなくなったら捨て、系図などにはほとんど興味を示しません。

これは家庭というものが「川のように流れるから」とある高名な学者が説明していました。結婚し、赤ちゃんができ、成長し、巣立っていく、時には破れてまた家庭に帰り、そしてだんだん死んでいく・・・その中にいる女性は「流れ」を認めて人生を送ります。

時々、夫婦の話を聞いていると、「がらくたをいつまでも捨てないで!」と起こっている奥さんがおられて、旦那が古い物を後生大事にとっているので、腹が立って仕方が無いようです。でも、それは「これまでの男女の違い」であって決して旦那が特別では無いのです。

(平成25227日)