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山陽路を少し北に向かうと、ある山間に静かな保養所が見えてくる。手前にはテニスコートなどのアウトドアの施設、少し奥に行くと豊富なお湯のでる温泉があり、数100人は収容でいると思われる大きな施設だ。

お湯につかってロビーにでると2組ほどの老夫婦が椅子に座っている。いかにも施設の大きさと利用客の数がバランスしていない。

「この施設は高度成長時代にできたのです。日本もそのうちヨーロッパのように収入が増えて、休暇も楽しむようになるだろうということで作られたのです。でも逆に当時より人も減ってしまいました」と経営者は説明してくれた。

日本の経済発展はその通りに進み、今ではフランス人より日本人の方が所得が高い。でも、年間休日はフランス人が32日、日本人が8日。旅行に至ってはフランス人が20日、日本人が1泊2日だ。

小さい頃は勉強し、受験も大切で、仕事にいそしみ、技術を磨き、輸出を盛んして日本を繁栄させる・・・日本人のみんなが目指し、望んだ方向であった。でもそこで間違ったのだろうか? なぜ、1970年から40年間、頑張ったのに楽しい生活は来なかったのだろうか?

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一つの原因は1990年頃のバブルの崩壊だ。日本の本当の意味での高度成長は1956年から1973年までの17年間だが、その後の16年間はいわゆるバブル景気で、高度成長の後の整理を行った時期だった。

成長率で言えば高度成長期の平均の成長率が9.1%、その後のバブル期が4.2%だから、高度成長期の方がバブル期よりも成長率が高い事がわかる。成長率9.1%で17年間というと、日本の経済規模は4.4倍になり、次のバブル期で1.93倍、合計してこの33年間で実に8.8倍となっている。

人間の活動は1年に2%程度の成長だから、110年分に相当する。明治維新以来、日本社会にはずいぶん鬱憤がたまっていたのだろう。そのエネルギーが一気に解放されて、大爆発を起こした33年だった。

トインビーを引くまでも無く、ある民族は長い眠りの時期から醒めると、ムクッと起き上がって壁を這い上がる。その時にその民族が本来的に持っているポテンシャルのところまでは登る。日本人は他民族と比較して優れているので、あっという間に全世界を抜いてトップにまで躍り出たということを意味している。

1972年の石油ショックで高度成長は停滞したものの、続くバブル期で調整が図られたのは当然でもある。先の17年間で蓄積されたお金は社会の発展が追いつかずに貯まっていたのだから、それを使う時期が必要となった。「総大理石のゴルフクラブの建物」、「地上げ屋」、「グルメ」などはその一つの現象であった。

ところが短期的な人間の活動力はあくまで1年2%なので、経済は8.8倍に拡大したものの、心理状態、生活常識は1.02の33乗、つまり1.92倍しか拡大していない。つまり「人の意識」と「経済拡大」との間の解離は実に4.6倍に及んだのである。

バブルが崩壊して、多くの人が「やり過ぎた。節約しよう」と思ったのはこの4.6倍のことである。実はやり過ぎても何でも無かったのだが、それまでの日本人の生活が世界の平均と比較して「実力ベースで」あまりに貧弱だったから、やっとそれが「普通の状態」に戻っただけだった。

でもこの時、正しく世論を指導すべき知識人が、大きな社会の変化を読み取れず、我が身の感覚に基づいて「枯渇、持続性、節約」を唱えた結果、日本人は自らより豊かな人生を送るチャンスを失ってしまったのだった。

これが私が山陽路で見た「寂れた大保養所」となったのです.

(平成25216日)