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タバコを吸う人は自分の意思だから良いけれど、タバコを吸う人の近くにいると受動喫煙になるので、これは「社会的悪である」という考えが広まっています。

それを受けて、大阪府では「受動喫煙を防止する条例」を作るようです。

受動喫煙が「自分で喫煙する」のとどのぐらい違うのかを計算してみました。「高分子や有機物の燃焼」を研究してきたこともあって、タバコのような「高分子と有機物の燃焼」になると興味がわくからでもあります。

締め切った木造の家の6畳間で20分ごとにタバコをする人と一日中、同居している家族が受動喫煙で吸う「煙の量」は吸う本人の240分の1と計算されます。もし一日12時間ほど吸うとすると、1時間で3本ですから一日36本吸うことになります。

その場合、家族は36240で割りますから、一日0.2本に相当するタバコを吸うのと同じになります。これは「一日中、密閉された6畳まで一緒の生活」だからこのぐらいになるのですが、タバコの煙は口を離れると距離の3乗で薄くなりますから、大阪市内ではさらにその10分の1以下にはなるでしょうから、大阪の「受動喫煙防止条例」は「100日に1本、タバコを吸うと障害がでる」という根拠を持っていることになります。

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ところで、「受動喫煙はいけない」という人に、「誰かがニューヨークでタバコをすうと日本で危険ですか」とお聞きしたら、「近くで吸った場合ですよ」と言われましたので、「近くというのはどのぐらいですか? 私が計算したら6畳間は大丈夫で、さらに屋外ならロチューしか受動喫煙になりませんが」と言いましたら、黙っておられました。

つまり、「なにが受動喫煙か」が決まっていません。また大阪府で「受動喫煙は健康に悪いと言うことが科学的にわかっています」と局長が答弁で答えていましたが、喫煙すら科学的に証明されていないのに(因果関係がわかっていない)、受動喫煙など、まったくありません。目的のためにはウソは平気という現代の風潮そのものですね。

「受動喫煙が健康に悪いと仮定すると、悪いという結果がある」という循環論法以外には存在しません。日本は野蛮な国家では無く、科学技術立国です。

大阪府の局長が「タバコの煙をいやがる人が多いので、規制したいと思います」というのは理由としては良いのですが、「嫌**」というのは現代の日本では法律や条令の規制が出来ないことになっています。

これは差別につながるからです。「太った人を見るのがイヤだから、太った人は外を歩いてはいけない条例」などが存在してしまうからです。このような問題はマナーで決めるべきものです。

また、非公式な発現で「タバコを禁止するのは日本社会の風潮ですから」ということも言われますが、「風潮によって人の行動を制限する」ことも近代国家では禁止されています。

「嫌**」でも「風潮」でも規制できないことを知っている人が、不誠実に「健康の被害」というウソの論文を出し続けているというのが現状です。でも、そのままにしておくと、歴史的にはナチスの「ユダヤ人排斥」も同じように「風評」と「権力」で進んで、アウシュビッツの悲惨な結果をもたらしました。

私は故も無い「嫌い!」が発展して暗い社会になり、さらにはアウシュビッツの悲劇につながる日本は耐えられないので、それより少しぐらい害があってもタバコをルールに沿って使う方が良いと思っています。また、「特にタバコの煙に弱い人たちの権利」については徐々に書いていきます。

(平成2528日)