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外国、特に隣国との信頼関係を築くにはまず、日本自体が国としてしっかりすることで、その上で外国や隣国との関係を正常化できると思います。それぞれの国民が愛国心を持ち、それを相互に「尊敬する」ことから始めなければいつまでも左右にぶれてしまいます。

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大東亜戦争で310万人の同胞を失い、広島、長崎、東京などで10万人を超える子どもたちを失いました。そして戦後、戦前のすべてを否定する教育を行ってきました。だから、戦争に「荷担」した、「靖国神社」に対して、多くの人が「恨み」を持っていることは、私も十分にわかっているつもりです。

しかし、戦後70年。私は大東亜戦争は「日本人」が始めたものであるという厳然たる事実は、それがたとえ間違っていても「私たちの祖先の意思だった」ということだことを認めなければなりません。

マスコミの誤報が続いたこともありますし、軍部が力を持って言論の自由が無かったかも知れません。でも現在でもマスコミは事実を伝えず、何か言うと集中的にバッシングを受けたり、干されたりするのですから、状態はあまり変わらないでしょう。

70年前にアメリカやアジアの国とした戦争は「私たちの意思」だったのです。だから「正しい」のです。ここで言う「正しさ」とは、「現在から見ると間違っているように見えても、当時の人は正しいと考えた」のであり、自らが神でなければ、人は「他人が正しいと思ったことを否定する」ことはできないのです。

アジアの人にはひどい被害を与えましたが、世界史的に言えば、有色人種の独立は日本の戦争によってもたらされたのも事実です。良いことと悪いことが同時に行われたのです。また祖国をはっきりさせるというのは「右の思想」でも「左の思想」でも、「国家主義」でもなく人類の普遍的なものです。

・・・・・・・・・・ここまで第一段階・・・・

祖国を離れ、がんばり、そして不運にして二度と再び祖国に地を踏むことができなかった人たち、その人たちに私たち祖国で生きている人がすることがあります。

1)どんな苦労をしても遺体を引き取ること、
2)日本の土地に帰ってもらうこと、
3)失敗があっても何が原因でも「英雄」として尊敬すること、
4)国家がどこかにその英霊をまつること。
今回の日揮の事件でも、私たち日本人は、1)から2)まではやりましたが、3)と4)はややおろそかでした。

まず、英雄として名前を示し、その業績と勇気を称え(首相が国会などで哀悼の意を表すること)、そしてたとえば靖国神社にまつることです。

幸い、宗教の自由のもとでも神道は「宗教」とは言えないので、最適では無いかと思います。人間は勇敢な死者をまつるときには何らなの精神的行事が必要です。そのためには神道がもっとも日本人の合意を得ることができるでしょう。なにしろ正月に「初詣に行こう」と言って反発する人はそれほどいないからです。

中国などと一緒のものもありますが、四季折々の節句、暦なども日本古来のもので、桃の節句や八十八夜なども社会に普通に受け入れられています。貞観時代にできた「日本文化」はやや神道や仏教に影響されていますが、日本人普遍の精神的支柱と言って良いでしょう。

あってはいけないことですが、これからも海外で戦死し、殉職する人が出る可能性があります。その時に、日本国は全力で遺体を引き取り、日本の土に帰し、国会で哀悼の演説が行われ、そして靖国神社にその魂をまつるようにしたいと思います。

海外で戦い、働く人は「俺も覚悟はできている。その時には国は俺の遺体を引き取り、必ず祖国に帰してくれる。そして家族は名誉ある取り扱いで心休まるだろう」という確信があって始めて人は遠い異国で死ぬ苦痛を和らげることができる。

「国を愛する心」が大切なら、まずは私たち自身が大切なことを形に表す勇気を持たなければならない。それによって心に余裕がでて、外国を見る目も冷静になると思うのです。

(平成2523日)