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ノーベル賞は今やすっかりお祭りになり、テレビではスウェーデン王室の晩餐会などを放映している。そして、国別のノーベル賞受賞数などがでて、あるいは国威発揚の道具になっている。でも、ノーベルが優れた科学技術に自らの財産を出したのは、そんなことではない。

ノーベルはダイナマイトを発明して巨万の富を得たのだが、同時に彼の発明は戦争に使われ、多くの犠牲者を出した.その様子は当時の文学書などにも描写され、「悪魔の兵器」と呼ばれた。ダイナマイトを使った兵器によって戦場で粉々になった兵士がこの世を去って行く光景はまさに科学による人間性の喪失だったからである。

一方ではダイナマイトがないと道路の建設、石炭の生産は滞り、豊かな社会を作ることができない。科学技術が持つこの基本的な矛盾を何とか解決しようとして作られたのがノーベル賞である。その精神は時代とともにさらに重要になっている.

核爆弾を保有する国が増え、電気を得るために被曝しなければならなくなった現在、得に日本ではノーベル賞の受賞を祝うとともに、ノーベル賞の意味を考え、福島原発事故、それに核武装についての国民の議論を深めなければならないときである。

テレビや新聞の質が落ちたことはここで言うまでも無いが、マスメディアの人が全員、お金と利権、目先の浅薄なことに振り回されているわけでもない。是非、見識有る方が「ノーベル賞と原発事故」の関係について、科学技術の持つ矛盾と政治や経済について深く論じて欲しいものである。私も論じる.

(平成241213日)