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組織の力が個人の力量を超えた時、個人はどのような言動にでるだろうか? 現在の日本が直面しているもっとも大きな問題は「組織の大きさと個人の力量」のアンバランスであると考えられる。

ある1人の人間の社会的ポジションというのは必ずしも合理的には決まらない。典型的な例は「優れた先代を継いだバカ殿」である。このような問題が生じたとき、組織を壊さずに、しかもバカ殿を退位させないで、どのようにして国を運営するべきか、確かホッブス(イギリスの思想家)か誰かの書籍で読んだことがある。

封建制度では良くある話なので、国家としては十分に検討しておかなければならないが、この書籍を読んだときにはずいぶん馬鹿らしい議論をしなければならないのだなと思った。しかし、現在の日本はこの問題が深刻なのである。

社会的によく言われるのは「たたき上げのオヤジに比較したひ弱な二世」で、二世政治家、二世社長などが多くいる。日本の国会を見るとまるで封建制度のように選挙区ごとに世襲した二世が当選し、国会に出てくる。オヤジの時代の平均的な胆力から言えば、かなり落ちるので国会の審議がまともにいくはずもない。

「二世には二世の辛さがある」とある中小企業の二世社長が言った。「オヤジと違う事をやれば言われる、かといってオヤジの通りにやっていると言われる、冒険して失敗したら言われる。オヤジは自由にやっていた。でも俺は自由ではない」

二世であること、そのこと自体が本人の力を減殺するので、ますます悪い方向に進む。現代社会のアンバランスは二世だけではない。会社は巨大化し、よほどの力がないと経営陣はつとまらない。でも、役員の中には当然、ごますりで出世していく人もいる。教育関係でもそうで、えてして人格の高い先生は出世で居ず、世俗的な力、出世欲などが強い人が校長になったり、教育委員会の委員になる。

なぜ、このようなことが起こるのかというと、「蛸壺社会」でることも一因となっている。選挙区も会社も学校も、そとから見るとよくわからない。かつて社会が単純だったときには、街頭演説を聴けば候補者の人柄も政策もわかった。心の中と外はそれほど乖離していなかったし、悪は悪だった。でも、最近は物事が複雑になり、三百代言が通用するようになって、何とでも言えるようになった。

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「温暖化で南極の氷が融けている」と日本中が言う。でもデータは人工衛星のデータしかなく、それは明らかに増えていて誰でもネットで見ることができる(上の図がそれで、誰でも見ることができるのに、日本人の大半が逆だと思っている)。なぜ、このような事が起こるのかというと温暖化という物自体が複雑であることと、社会も複雑で温暖化でどのぐらい巨額なお金が動いているのかもわからない。

能力が不足しているのに、ある組織の指導者になると、日々起こることを正確に判断することができない。回りの様子を見てその場その場で繕いながら進む。この時に使う言葉に「真摯に」、「受け止めて」、「忸怩たる」、「力の限り」、「約束は守る」、「温度差」、「絆」などであり、言葉が綺麗で内容がない単語に魅力をかんじる。

そして第二の現象が「虚偽」である。これは一つ一つの事を自らの頭脳で判断していないので、やがて矛盾を露呈する。それを塗布するのが「虚偽」である。たとえば今の首相が選挙の時には「絶対に増税しない」と街頭で演説し、首相になると「増税に命をかける」と発言するのがその典型例だ。

本人は能力がないから、選挙の時には本当に増税はダメと思っている。ところが財務省の官僚に日本の財政を聞くと、途端に意見を変える。変えるというより最初から何もないのだから、変えても居ないのかもしれない。温暖化のウソもこれに似ていてNHKをはじめとした数々のヤラセ報道は、「わかっていない」という側面と「利権になる」というのとがあり、つまりは「欲呆け現象」である。

もう一つ、社会の透明度を上げるのに困難なことがある。それは組織の老朽化(滓の蓄積、エントロピーの増大)である。人間は自然の一部なので、人間の行動は自然の摂理に従う。慣性の法則、エントロピーの増大の原理などの支配下にある。だから、旧来から続いている組織、NHK、東大などが腐敗するのは当然で、腐敗を防ぐためには、いったん解体して再出発しなければならないが、NHKにも東大にも西郷隆盛、勝海舟は居ない。

1年2パーセント原理による社会の変化と旧来のシステムの断層が広がっても、それを打ち破るエネルギーはよほど優れた人が居ない限り、組織の中にはない。簡単な解決策は戦争でコテンパンに負けることだ。第2次世界大戦で負けた日本とドイツが繁栄し、勝ったイギリスが衰退したのはこのことを示している。しかし、戦争をしてワザと負けるというのは非現実的だ。

第二には武士階級を作ることだろう。かつては戦艦大和、切腹改易を覚悟した城であり、今は原子力発電所、財務省、NHK、東大、小学校がこれに当たる。卓越した知識、力、そして胆力と覚悟をもった武士階級がいれば、内部が不透明でも「正しく」運営される。

かつて封建時代のイギリスが「バカ殿が居るときにどうするか」を真面目に議論したように、きれい事ではなく、今の日本も「ひ弱で力のない指導者をもって、日本の将来を守るには」という議論が居ると思う。次の選挙に出馬してくるほとんどの候補者は「ひ弱で力が無く、お金目当てで出る」という人だからだ。

(平成24113日)