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西郷隆盛と勝海舟が江戸末期に会談をしたのは、もちろん、官軍が江戸城に迫り、江戸が一大決戦地になろうとしていたからです。西郷隆盛は官軍の総大将だったのですが、一方の勝海舟はまだ若く、幕府を代表する老中のような役職ではなかったのですが、長崎造船所で訓練を受けてスヌービング号を江戸に回航したり、オランダ塾で西郷隆盛と一緒だった経験もあり、滅び行く徳川幕府にとっては勝海舟が適切だったのでしょう。

でも、これらのこと、つまり直接的で軍事上の理由や、勝海舟の個人的な能力や経験を超えて、歴史的な必然性があったように感じられます。

そもそも西郷・勝会談からさかのぼること260年前の徳川幕府は、長く続いた戦国時代の総決算としてできたもので、豊臣家を大阪に滅ぼし、天下を統一した政権だった。それから260年の歳月は人間の社会に何をもたらしたのでしょうか?

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人間というのは生物の中でも特別に頭脳の情報が多く、人類出現までの哺乳動物に対して約4桁速い「進化原理」を有していると考えられます。たとえば恐竜は中生代の始めに出現し、その時には体の小さなトカゲのような格好をしていました。

それが2億年の進化を経て、多くの人が知っているあの「恐竜」になったのです。なぜ恐竜の体が大きくなっていったかというと、同じ恐竜が同じ場所で餌を取り合うと、体の大きい方が餌にありつけるので、体の大きな恐竜の方が子孫が増え、その結果、少しずつ体が大きくなって行ったと考えられます。

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しかし、体が大きくなるためには遺伝子(DNA)が変化しなければならず、遺伝子は化学物質ですから、容易な事ではありません。ハッキリした体の変化は1万年ぐらいの時間が必要とされています。

これに対して頭脳を用いた進化は、「書き換え可能」な情報に基づいていますから、瞬時でも可能ですが、定着するには1日とか1年という時間で達成されます。たとえばあるお母さんが毎日お皿を洗っていて、あるときに新しい洗い方を考案したとします。そのお母さんは翌日から「なぜか?」新しいより効率的な洗い方でしか洗えなくなるのです。

つまり、生物は常に「より競争力の高い、より効率のよい」ということを追求して止まず、前の状態でいることができないのです。私はこれを「2パーセントの原理」と呼んでいます。つまり毎年2パーセントづつは進歩してしまうということです。そうすると、10年で20%変化し、100年で7倍になります。つまり、「10年一昔」と言いますが、10年経つと社会が2割変わり、それが「昔は・・・」という感想につながっています。

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徳川260年というと、徳川家康が幕府を開いてから徳川慶喜に至るまで、日本社会は172倍の変化をしたことになり、西郷隆盛と勝海舟の会談も、徳川家康と豊臣秀頼の対決とは様変わりになっていたことは想像に難くありません。

なぜ、江戸は無血開城したのか? それはスヌービング号の回航、オランダ塾などで時を過ごした勝海舟が、「2パーセントの原理」を肌で感じていたからに他なりません。世界は変化し、すでに172倍になっているのに、その体制を維持することはできないことを合意した、それが西郷隆盛と勝海舟が会談して江戸城の無血開城した本当の理由だったように思います。

あるいは、その時に、徳川慶喜が天皇陛下になって封建政治から近代国家に変わる事ができたかも知れません。でも、それは長い日本の歴史と調和しないものであり、徳川幕府を終わりにして天皇陛下を頂点とする近代国家に衣替えをせざるを得なかったのです。

西郷隆盛と勝海舟が偉かったのは、すでに260年を経て徳川幕府が新時代に適合しないことはわかっていても、普通は「一戦を交え、血を流してから納得する」というのを「理性に基づいて血を流さずに収束させた」ということです。それは本当に素晴らしいことであり、2人の卓越した判断であると思いますが、それでも「あまりにも当然のこと」のように思えます。

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さらに考えると、なぜ一気にその時に「お上」を作らずに、「万人平等」の民主主義国家を目指さなかったのか、これも「2パーセントの原理」が働きますから、一気に変化することはできず、77年の歳月と4.6倍の社会変化が必要だったという事です。

第二次世界大戦が終わって新しい日本国憲法ができ、国民が選挙によって議員を選び、公僕として役人を雇うようになっても「お上」、「天下り」などという言葉が平然と使われています。戦争が終わって67年、3.8倍の変化を経てもまだ私たちの心には「お上」という残存物が残っているように感じられます。

日本人、11人の心が毎年2パーセントづつ変化し、やがて「お上」がいなくても個人の尊厳で社会が保持されるようになるでしょうし、さらにその次にまた新しい社会が発生することと思います。そして2パーセントの変化は、徳川幕府が260年の変化に耐えられずに崩壊したように、人類というもの自体の自己矛盾のために絶滅する時を迎えると考えられます。

2パーセントの変化は時を経て驚くべきほど大きな変化となり、それはやがて克服せざる矛盾を抱えて崩壊するということを意味していますし、この宇宙が140億年前に誕生してから、それは全くの例外なく確実に行われてきたと考えられるからです。

現代の私たちは西郷・勝のような時代の変化に対する洞察力はあるでしょうか? 戦後67年を経て、2パーセントの原理は何に示され、どうなっていくでしょうか? すでに結婚式に仲人が居なくなって20年、近いうちにお墓というものも無くなるでしょう。封建制度、絶対王政、そして民主主義、当たり前のように進んでいる社会はそれでも次が見えないようです。

(平成241031日)