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かつては良かった。新聞記者と言えば、腰に手ぬぐいということでもないが、それほど身なりも整っていないが、なにか魂というものを感じた。飲みに行くところも高級バーではなく、縄のれんだった。

それがいつの間にか社会のエリートになり、鼻につく存在となり、その頃から報道は国民の信頼を失ってきたように思う。今では、もしかすると言い訳の上手なお役人よりお役人らしいかも知れない。朝日新聞の「天声人語」も素直に読んでいたけれど、最近では「なんで天声なの?」とつい思ってしまう。

私の本で「北極の氷が融けても海水面は上がらない。アルキメデスの原理があるから」と指摘すると、「北極の氷といっても、北極海の氷の事を言ったのではなく、シベリアやグリーンランドの氷を言ったのだ」と言い訳する。でも、毎日のように流れた映像は北極海で、それを「北極」と言ったから北極海は入らないなどという。

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このシリーズも「決して国民に伝えない」などとタイトルをつけると「あそこで一回は報道している」というようなバッシングが来る。このグラフは2006年まで、朝日新聞と日経新聞が温暖化・ツバルが沈没するという記事をどのぐらい掲載したかの数だ. いかに多くの誤報を続けていたかがわかる。

私から見ると、「普通の日本人だったら、洪水のような誤報や伝えられない事のために、錯覚している事実」である。せめてある地点で、修正記事を出して、何が間違いの原因かを読者に示すべきだ。報道も日本人と同じように誠実でいて欲しい。

日本を良くしようとしている人と、自分のお金やその他のことが目的で事実をぼかし、議論を混乱させるのを生業にしている人もいるのでややこしい。日本が危機に陥っている今は枝葉末端のことや経緯を問題にせず、「骨太」のことだけを話し合う必要がある。もっとも揚げ足を取るのも人間というものだけれど。

(平成241027日)