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ある先生が、「結果について責任を持たなければならない政治家もしく

は実践家の「転向」と、認識に責任を持つ科学者のばあいはわけて考えなければならない」こと、「政治家もしくは実践家であろうと、科学者であろうと、なぜ、どのように「転向」したのか、そして、その「転向」を踏まえて、自分の今日が如何にあるのか、この点には十分な吟味が必要であり、これを行うことが知的誠実さだろう」とご指摘されました。

原発事故以来、私は「原発推進派」から「原発反対派」に「転向」したのではないか、従って武田の言うことは当てにならないとの批判を受けてきました。それに対して、「科学者にとって転向は道徳的悪でも学問的不適切でもない。それに私は転向していない」とし、かつ「転向を弁明するのは潔くない」としてこれまで黙っていました。

しかし、私は「知的誠実さ」に欠けていたようです。ここでそれを反省し、私の「転向」について、1)何を転向したのか、2)自分の今日は何か、について吟味を加えたいと思います。今のところ、まだ価値観と思想の区別が明確になっていないので、時々混乱しています。

・・・・・・・・・ここからは音声です・・・・・・

1)「安全な原発」と「非核武装」が私の価値観(思想)
2)原発が不安全になって行くときの科学者の身の置き所、
3)原発に関する著述の変化
4)被曝の限度に関する変遷
(平成24107日)