この世には三つの聖職がある。それぞれ「命を奪って良い人」、「体を傷つけて良い人」、そして「魂に手を触れる人」である。それぞれの職業の名前は「裁判官、医師、教師」である。
これらの人たちが本来なら人間にできないことをしなければならないのは、社会に犯罪人、病人、子供がいるからに他ならない。
しかし、これほどのことをするのだから、それに携わる人に求められる条件が二つある。それは第一条件と第二条件に別れているが、第一条件は「プロの倫理を守ることができる人」で、
1)普遍的法則に従う(職業上の命令者を持つ)、
2)長期間高度な鍛錬をする、
3)不特定多数に忠誠を誓う、
ということでこれはこのブログで再三、解説を加えている「専門家の倫理」である。
今回の事件で不特定多数とは生徒のことであり、文科省でも教育委員会でもない。教師は子供に対して忠誠を誓う。
第二条件は、第一条件を満足するための前提であり、
1)世間が三つの聖職を尊敬すること、
2)名誉やお金より職を大切にすること、
3)生活が保障されていること、
だ。厳しい要求はそれに応じた待遇と覚悟がいる。
今回の大津の中学校の事件は、日本の教師が聖職でないことによる。これは戦後の日教組の方針、社会の先生の対する態度、先生の待遇(給与ばかりではなく過重労働)、保護者の無理解などが重なって、現在のようになってしまった。
「子供のための教育」を期待するなら、まず第一に教師を聖職としなければならない。テレビ・新聞の論調を見ていると、やや枝葉末端にわたり、本質議論を避けているように見える。
(平成24年7月12日)