今から40年ほど前、日本は「石油ショック」で揺れていた。アメリカMITのメドウス博士が「成長の限界」を出版、そこには「石油はもうない。環境汚染は広がり、成長には限界がある」と書かれていた。

日本中が熱狂し、石油は高騰し、「節約、成長限界説」が横行した。「もう石油はない」、「私たちは無制限に成長してきたが、地球には限りがある」と言うことが「文化人のたしなみ」にもなった。この時、NHKが何を勉強していたのかは不明だが、NHKも同じ事を繰り返していた。

学生だった私はその「熱=流行」に染まって「これは大変だ。日本の役に立たなければ」と思って原子力をやった。原子力はエネルギーの分野なので、仕事の傍らエネルギーの勉強を始めた。そしてしばらくして、衝撃の一瞬が訪れる。

「えっ! 石油がなくなるって「前提」があったの?!」

考えてみればどんなことでも「前提」がある。「石油がなくなる」というのも「成長には限界がある」というのも、その前に「・・・ならば」という事があるのは理の当然だ。でも日本社会の熱病に感染した私はそんな当たり前のことにも気がつかなかった。

自分で直接、原著(英語)を読み、そこに「油田も見つからず、環境対策もやらず、なにもしないで進歩もなければ」という前提を読んだとき、私は深く恥じ、人生で二度と再び「聞きかじり、先入観」で自分の人生の進路を決めたり、他人になにかを勧めたりしないようにしたいと決心したのである。

NHKを恨むまい。彼らは前提を言わなかっただけだ。そして人間の活動は自然に対してまだまだ小さく、「限界」にはほど遠いことを知ったのは、それから20年ほど経ってからであった。

(平成24630日)