10年ほど前、網膜剥離で光を失い、しばらく真っ暗闇の中での人生だったとき、少し精神的におかしくなって精神科のお医者さんに睡眠薬をいただきました。一日3回、その睡眠薬を服用すると実に快適で、それまで数10年間、不眠症で悩んできたことがウソのようでした。
「ああ、これで自分の人生も楽になる。もうあの不眠症で苦しむことはない」と思ったものです。ところが目の手術が成功した後、服用する量を3分の1、6分の1と減らしながら普通の生活に戻っていったのですが、なぜか飲むと激しく心臓が鼓動することがあり、恐ろしくなって「人生、たった一つの頼り」だったその睡眠薬も飲むことができなくなったのです。
あきらめました。寝ること自体、翌日の体力を心配することも、普通の生活をすることもすっかりあきらめて、「しかたがない、寝ることはできない。それもまた人生だ」と思って、ある日からまったく睡眠薬もお酒にも頼らず、ただそのまま床につくようになったのです。
毎晩、不安がよぎり、またあの退屈で不安な夜が来るのかと思いながら布団をかぶる毎日でした。
ところがあるとき、「眠る」というのと「横になる」というのがどう違うのか?とふと気になりだしました。普通、「眠る」と言えば意識がなく、「横になる」というのは体は寝ている時と同じで、頭の活動だけ違うのです。それなら、「眠っていても、横になっていても、明日の体力は同じだな」ということに気がつきます。
それ以来、あれほど長く苦しんだ不眠症もどこかに行ってしまいました。床につくときに「眠ろう」と思うと「眠れるかな?」と心配になりますが、「横になる」だけなら100%できるからです。
それから10年。元気な毎日を過ごしています。横になっても眠れないとき、あらかじめ準備してある小説の朗読やニュースを聞いたりして退屈で暗いひとときを過ごしますが、それも少しずつ少なくなってきているようです。
(平成24年5月29日)