科学、それも基礎科学を長くやっていると、自分の判断力や自分が正しいと思っていることがいかにいい加減なものか、たたき込まれます。そんなことは当たり前と言えば当たり前で、科学の研究は「今、正しいと考えられていることを覆す」のが主たる仕事ですから、自分が判断したり正しいと思ったことが間違っている方がむしろ研究の意味があるので、良いのです。

でも、このようなことは科学ばかりではなく、日常的な生活の中にも多く見られます。その一つが家庭の教育です。「家庭の教育が子供の人格に影響を及ぼす」と言うことはかなり頻繁に言われていて、多くの人がそれを信じています。

特に小さい子供を育てているお母さんは、一所懸命、子供を立派にしようとして怒りすぎたり、褒めすぎたりして失敗し、悔やむことが多いようです。確かに「親の教育が子供に大きな影響を与える」というのはわかりやすい話ですが、最近の研究ではどうもそうでもないようなのです。

犯罪などの社会的な問題を起こした人や、反対に社会的に尊敬されるようになった人の小さい頃の家庭教育との関係を調べた研究を見ると、最近の研究になるに従って、子供の正確に及ぼす親の教育の影響がかなり小さいと指摘されています。その子供の人格を決めるのは、一にも二にも遺伝的影響が強く、それも小さいときばかりではなく、その人の全人生に大きな影響を与えるようです。

どうやら、親の責任は「良い環境を作ること」、「何か習慣として身につくことをさせること」ぐらいしかなく、「良い人柄にする」などの人格に影響のあることは、親の教育と言うより遺伝的素質や、その子供を取り巻く全体の環境によるもののようです。

つまり小さい頃、よく本を読んであげたとか、スポーツする習慣をつけさせたというような具体的なことは身につくのですが、性格自体はなかなか家庭環境や学校の教育では変えられないということです。

「子供の性質は親の責任」というような誤解が蔓延するのは、それがわかりやすい話であることと、教育関係者にとっては「教育は意味がある」と言うことはとても聞きやすいことであり、その方向の話を多くの人が同意しやすいと言うことのようです。教育関係者がどのぐらい「損得勘定」を旨に持っているかは別にして、自分の職業の影響を大きく見積もりたいというのは自然の勢いです。

つまりここでも「空気的事実」がいつの間にか常識になっている傾向があります。

また、「遺伝的気質が多くの正確を支配する」という結論はあまりにも夢がなく、がっかりしてしまいます。つまり「教育で改善される」というのは多くの人の希望であり、「遺伝だけ」とすると夢も希望もなくなると言うことでも空気的事実が形成されやすいのでしょう。

最近の研究によると、遺伝的影響は歳を取るとともにむしろ強くなっているという報告もあります。「考えやすい方」は「小さい頃は遺伝的気質が強く影響し、経験を積むとともに大脳の影響が増え、遺伝的影響は小さくなる」と考えがちですが、そうではない、反対だ。むしろ80歳ぐらいになってもまだ遺伝的影響が増えているというのです。

一度、そういう結論が得られると、「その通りだ。遺伝子の活動は、遺伝子にどのように指令があると言うだけではなく、その遺伝的影響が出るためにはスイッチが入らなければならない。だから歳を取ってスイッチが入るものが多ければ、不思議では無い」などという解説をつけられると、今度はそっちが本当になってしまいます。

人間は直感的に「これだ!」と思うことがありますが、私のような科学者で長い間自分の直感が間違っていて痛い目に遭っている人から見ると、人間の直感ほど当てにならないものは無いと思ってもいます。


(平成2448()

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