政治家というのは人の心が判る人と聞いていました。私のような科学者は「物」は判るけれど「人」は判らない、人の心は政治家が知っているとよく言われたものです。

 

最近、ある政務官の「水飲み事件」がありました。政務官が「放射性物質が含まれている水」をテレビの前で飲んで「安全性をアピールした」と言うのです。

 

なにか、意味があるニュースなのでしょうか? 致死量の100分の1程度の放射性物質を含んだコップ一杯の水を飲んでも成人男子が健康を害することが無いのは誰でもわかりますし、今、問題になっているのは「わずかに汚染された水を飲み続ける子供の健康」の問題なのです。お母さんが心配しているのは政務官が直ちに倒れることではありません。

 

5歳の子供が10年後に15歳で病気になることを防ごうとしているのです。なんの役にも立たず、何のニュースでもないものが流れたという印象を持ちました。こんなことをするならやるべきことは多くあるのに残念です。

また倫理的にも糾弾しなければなりません。日本の法律ではみだりに被曝することを禁止しています。「直ちに」政務官の健康に影響がなくても法の精神に真っ向から反することをするというのは、国政に参加するものの最低の倫理にも悖るでしょう。

 

・・・・・・・・・

 

都知事が瓦礫を持ち込むことに反対している多くの都民に「(バカ!)黙れ!」と叫びました。()の中は私の補足ですが、もし都知事を選んだ都民がよく考えている人たちなら「黙れ」とは言わないでしょう。

 

都民が心配しているのは、福島原発から漏れた量は政府発表でも約80京ベクレル(万テラベクレル)で、その2倍、3倍というデータもあります。これを日本人一人あたりで割ると、一人あたり80億ベクレルになります。

 

人間が健康を維持する限度は1年1ミリで、かならず病気になるのが1年100ミリです。1キログラム100ベクレルの食品を1日で食べると1ミリシーベルトの被曝を受けますから、1年100みミリになるのは1万ベクレルの食品を食べることを意味しています。

 

つまり80億ベクレルというのは毎日、必ず病気になる1年100ミリなる食事を80万日食べることを意味しています。

 

人間の一生は3万日ですから、福島から漏れた放射性物質が瓦礫などによって日本中に飛散した場合、そのうち食材や空間線量として私たちを襲ってきますが、それは耐えられる量ではないのです。

 

そこで、都民は知事に「瓦礫を受け入れるというのは、その瓦礫が東京の汚染より高いか低いかではなく、最終的に東京に住んでいる人が外部被曝、内部被曝、食材被曝などでどのぐらいまで引き受けるのか、その計画を示せ」と言っているのです。

 

都民に「黙れ」というなら、知事が「黙らずに説明」をしなければなりません。一回の瓦礫がどんなに少なくても、東京はもともと汚染されていますし、葛飾の方は1年1ミリを守るのも難しい状態です。都知事は法律(1年1ミリ)を守らない違反者なのか、遵法精神なのか、国が法律に違反したらそれに唯々諾々として従うのか、知事の意思さえ示していません。

 

・・・・・・・・・

 

政治家がまともになるには、選挙もありますが、日常的に政治家の行動をチェックすることです。でも、私は知事の発言を聞いていると、到底、民主主義を支持している人には見えず、都民がなぜ今の知事を選出したのか、分かりにくいところもあります。

 

(平成23116日)