先日、日本高分子学会から栄誉ある「高分子学会フェロー」の称号をいただき、感慨深いものがある。資源材料を専門とする私にとってはうれしい限りだ。恩師の荻野先生、妹尾先生、鶴田先生、増子先生、先輩の世古さん、三角さん、宮内さん、野村さん、三宅さん、山内先生、同僚の池田さん、鬼塚さん、永野さん、多田さんはじめ、小川さん、伊藤さん、そして多くの人に感謝申し上げ、これまでの私の高分子研究を支えてくれた研究員の方にもお礼を言わなければならない。
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ファイヤーストーンがゴムを発見したのは偶然の要素が高かったが、ベークランドがベークライトを発明したのは、決して偶然ではなかった。すでにベークランドから100年前、人間の生産力は拡大し、自然(植物(樹木))を用いることが困難になった。当時のイギリスの森林は乱伐によって荒れ果て、広大なアメリカのランバーインダストリーもヨーロッパの需要に追いつかなかった。
人間の生産力が拡大し、現在の自然に頼ることができなくなった人間は、19世紀初頭に石炭を、20世紀初頭に石油を使うようになって、やっと「自然との共生」にメドをつけることができるようになった。19世紀に拡大した経済活動を、太陽光、バイオなどでは支えられなかったからである。
近代文明と自然が調和しなくなった200年前のイギリスの生産力は一人あたりで現代の日本人の500分の1である。これからの人類の生産拡大を考えると、200年前の石炭から、原子力に変わる必要があると考えられたが、それも間違っていた。現代文明はこの問題をどのように解決していくだろうか?
ところで、ベークランドの発明したプラスチックは、その後、スタウディンガー、カローザスなどの巨人を経て現在に至っている。なぜ、高分子はこれほど隆盛を誇ったのだろうか? それは「拡大した生産力と動物の命」を避ける新しい方法を案出したことによると思われる。ものごとが隆盛を極めるにはそれが発明発見されたときに社会にフィットするのではなく、それから100年の見通しが正しかったときである。
その意味で、1990年に「プラスチックと環境」などを考えたり、ましてエントロピー増大の原理に反するリサイクルに手を染めたりするのは高分子に携わるものとして恥ずかしい限りだ。
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ところで、来るべき100年に高分子が期待されるのはなんであろうか?それは人間社会が次のステップに上るために必要なこと・・・鉄鋼材料からプラスチックへを実現する技術に他ならない。ドーム、新幹線、橋梁、エレベーター、船舶、航空機などはすべてプラスチックになるだろう。もちろん、その原料となる石油や石炭はほぼ無限大というほど大量に存在し、いざとなったら空気中にはプラスチックの真なる原料CO2がある。
もう一つは生物が6億年の歴史で獲得したものを人工物に取り入れることだ。私は自己修復という研究をしたが、「命と機能の分離」もまた次の100年の中心的テーマになるだろう。
若き一時期、プラスチックというまたとない素材に巡り会ったことは幸運であった。
(平成23年10月12日)