(ある学術的な講演会で使用するメモを内容がある程度まとまっているのでご参考までに全文、掲載します。)
1. 原子力発電の安全性に関する準備不足と錯覚
事故後、間もないこともあって基本的なことについての議論が不足し、異なる認識のもとでさまざまな意見が存在することもあり、原子力発電所の安全を整理する前に、2011年3月12日に発生した福島原発事故の原因の背景となる諸事象について簡単に触れておきたい。
1-1 放射線被曝の健康に与える影響に関する準備不足
2011年3月12日に福島原発事故が起こる前まで、放射線被曝が人の健康に影響を与える程度、およびそれに関する法律などの規制について原子力および放射線関係の学者の間で合意がなされていた。その合意の基本は、
1) 被曝は可能な限り低くすることが望ましい1
)、
2) 一般公衆の被曝限度(我慢の限界)を外部被曝と内部実効被曝線量の合計で1年1ミリシーベルトとする2 )、
であった。事実、原子力発電所を含むすべての放射線関係の施設においては、そこに携わる人、一時的に立ち入る人に対してできうる限り被曝量を減らすように設計、運用されていた。また、一般公衆の被曝はその原因が主として原子力発電所およびその燃料や廃棄物の処理などが原因することから、原子力発電所からの廃炉材料などについては1年0.01ミリシーベルト相当に3)、原子力発電所境界においては自主的に1年0.05ミリシーベルトにするようになっていた。
さらには職業的に被曝する人たちについては1年20ミリシーベルトが基本的な限界として定められているが、実際上は20ミリシーベルトという数値に健康上の不安があり、原子力発電所で働く人たちの被曝量は21世紀に入ってから低減努力が行われ、2010年前後にはほぼ1.0ミリシーベルトから1,5ミリシーベルトに入るようにまでなっていたし4)、同じく20ミリシーベルトを限度する医師、研究者などの平均被曝量は1年0.7ミリシーベルトと言われている。
また、放射線被曝は国際的な問題であることから、1990年にICRP(国際放射線防護委員会、NPO)を中心として世界各国が同じ規制をするように努力がなされており、現在では多くの国が1年1ミリシーベルトの基準を採用している。これによって海外旅行、ビジネスなどの人的交流、農作物、魚介類、および工業製品にいたる物品について被曝に関する安全性が保たれている。
しかし、2011年3月12日の福島原発事故のあと、日本の専門家、医師などから、
1) 被曝は多い方が健康によい、
2) 1年1ミリリーベルトの被曝限度には根拠が無く、100ミリシーベルトまで問題がない、
との意見が続出した。この講演を行う9月末の時点で、過半の専門家や発言している医師の大半が新しい学説を出している5 )。
本論は「意味のある被曝限度」についての論評を避けるが、日本の原子力発電やその他の関係施設の設計基準、運転基準などはすべて1年1ミリシーベルトを基準としている。仮に新説が科学的な合理性を持つなら、それだけで原子力発電所の安全性は格段に改善される。つまり、被曝に関する安全性が100倍に上がれば、事故が起こったときに100倍の線量まで許されるので、設計、運転、事故時の待避、土地の復旧などすべての面で概念の変更が必要となるからである。2011年の福島原発事故ですら軽微な事故になる可能性が高い。
その点では国の施策として原子力発電を進める上でもっとも基幹的な「放射線被曝と人体への影響とそれに基づく被曝量の規制値」がきわめて不十分で準備不足であったことが判る。従って「原子力発電の安全性」を厳密に論じることはできない段階にある。
1-2 原子力発電の大事故に関する錯覚
原子力発電所には小さい事故と大きな事故の概念があり、大きな事故は、1)臨界の制御不能、2)メルトダウン の2つとされていた。しかし、2011年3月の福島原発事故を含め、スリーマイル島事故、チェルノブイリ事故の3つの大事故のうち、メルトダウンが主体となった事故はスリーマイル島事故だけであり、その時に放出された放射性物質の総量は数兆ベクレルに過ぎない。それに対して、チェルノブイリ(小規模核爆発、水蒸気爆発)、福島第一(水素爆発)の事故では100兆ベクレル規模の放射性物質が漏れているので、メルトダウンの時の10億ベクレル以上ある。
このことは、原子力発電で起こる「大事故」は、経験的には臨界の制御不能でもメルトダウンでもなく、水素爆発、および水蒸気爆発(もしくは全く別種の事故)であることがわかる。すなわち、原子炉は運転中に大量の核分裂生成物が発生し、それが炉内や使用中および使用後核燃料の貯蔵プールなどに蓄積している。この核分裂生成物が発電所の上部から上空に飛び散ることが大事故になるのであり、その時に核分裂生成物を拡散させる爆発力が核爆発、水蒸気爆発、または水素爆発のいずれであっても被害の程度はほぼ同じであることを示している。
特に、本委員会と関係するという点では、福島第一原子力発電所は沸騰水型軽水炉であるので、この3種類の爆発はいずれも「水」が爆発の原動力になっていることに注目しなければならない。また、原子力発電所の事故に際しては、「(連鎖反応を)止める」、「(燃料を)冷やす」、そして「(放射性物質を)閉じ込める」ことがもっとも大切であり、この原則は疑いのないものとされているが、福島原発事故では「連鎖反応を止めず、水で冷やさない」ほうが、放射性物質の「閉じ込め」に成功した可能性もある。
すなわち、仮に原子炉の下に数10メートルの緊急ピットを持ち、冷却が不能になった時に制御棒を抜き、冷却水を重力で原子炉内から側溝に逃がせば、燃料は連鎖反応が止まり、溶融して地下の緊急ピットに落下した可能性もある。
この場合、減速材(水;核反応継続材)を失うことによって連鎖反応が進まず、水が無いことによって水蒸気爆発も水素爆発もその可能性が無くなることも考えられる。このときに炉内でどの程度の中性子が発生するかなど検討しなければならないことも多いが、「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」という3原則の適応にのみこだわるのは、原子力発電所の大事故が核爆発制御不能を想定したという錯覚によると考えられる。
1-3 地震と原子力発電の関係に関する錯覚
世界には400基を超える原子力発電所があり、アメリカ104基、フランス59基、日本55基、ロシア27基、そしてドイツ17基などが主要な国の原子炉の基数である。このうち、「震度6の地震と津波などの海洋からの打撃」を頻繁に受ける可能性のあるところに建設されているのは日本の原発がだけであり、地震という点では台湾、アメリカ、アルバニアなどの数基の原発があるが、その危険度は原発の数、立地条件などから日本が際だっている。
従って、日本の原発は「地震津波の頻発地域で運転を継続している世界でも特殊な原発群」ということができる。それにも関わらず、福島第一原子力発電所の1号機が「アメリカで設計された」とされたことや、福島原発事故後、九州の玄海原発の再開問題で「日本の原発の再開に当たってはヨーロッパで用いられているストレステストを経ることを条件とする」とされたのは、日本の原発の独自性に関する錯覚があると考えられる。
原発の原型は1942年にエンリコ・フェルミがシカゴ大学で成功した時のものであり、その後、アメリカ、イギリスなどで初期の開発が行われてきたこともあって、日本よりアメリカやヨーロッパの方が原子力の安全技術については上位にあり、従って、欧米の設計や安全指針を参考にするということが長く行われてきた。筆者が原子力関係の会議に出ると、海外での会議の結果が報告され、その時に「海外ではこのように進んだ安全に関する研究が進んでいるので、日本も早く取り入れる必要がある」というのが基本的な論調であった。
しかし、日本における原発事故の最大の危険要素は地震や津波であり、日本ではスリーマイル島およびチェルノブイリのように運転操作のミスなどの運転上の危険性は低い。従って、日本の原発の安全性を保つためには、「世界には地震にたいする安全技術はない」という認識のもとに日本が独創的な安全技術を創成していかなければならなかった。
事実、2007年の石川県志賀原発、新潟県柏崎刈羽原発が震度の地震で破壊し、2011年には宮城県女川原発、福島県福島第二原発が震度6の地震で破壊した。さらに2011年の同じ東北大震災で、青森県東通原発、福島県福島第一原発、そして茨城県東海第二原発が全電源を失い、原子炉は崩壊熱で温度制御が不可能になった。このうち、「防潮堤を津波が越えたため」とされるのは福島第一原発だけで、他の2つの原発は津波が防潮堤を超えていない。そして爆発したのは福島第一だけであるが、東海第二は爆発寸前まで進んだ。
つまり、世界の原子力発電で「震度6の地震に耐えたものはまだ存在せず、原子力発電所単位で言えば100%の原発が破壊されている。全部で7発電所が危機に陥り、そのうち3発電所が全電源を失っている。日本の報道の偏向で国民ばかりではなく専門家もこの事実は十分に認識していない。
1-4 事故時の緊急体制に関する錯覚
運行に関して長い歴史を有する客船は沈没の確率によらず救命ボートを積み、船員は客船から待避する訓練を受ける。人間の行為はかならず間違いを含むが、間違いによる被害を最小限にとどめることは当然である。
ところが、日本の原子力発電所の運転においては「船の救命ボート」に相当する装備も運転ノウハウもなかった。原子力発電所の安全性についてはかなり強い疑問が呈されていたにも関わらず、事故時の通報体制、避難態勢、その後の水、食材、生活に関する情報提供や具体的な被曝回避方法など必要な緊急措置はほとんどとられていなかった。
チェルノブイリの事故では事故の通報は遅れたが、事故発生の翌日には大型バス1100台による住民の緊急避難、軍隊による土壌表面の除染、子供の甲状腺ガンを防ぐためのヨウ素剤の配布(実際にはポーランドで有効だった)、それに夏期に被曝した子供たちを遠方で休養させることなどが行われた6 )。
原子炉は巨大なものであり、事故の兆候が現れて現実に事故に至るまでかなりの時間を要する。物理的サイズと反応の進行速度については平方根の法則が適応されるであろうことから、12時間程度のタイムラグが期待される。従って、現場が爆発事故の可能性を知って、直ちに地元消防に通報すれば付近住民の避難が可能であり、被曝は大幅に低下したであろう。すでに1970年代より日本の石油化学コンビナートでは事故を発見した従業員は、上司に連絡したり会社の許可を得ることなく、さらに工場内消防が存在してもそこに連絡することなく、119番するように指導される。これは、多くのコンビナート事故を経験して「石油化学コンビナートで働く従業員は、会社の社員である前に、市民である」という概念が徹底したことによる。
福島原発事故が起こって6ヶ月を経過し、日本の他の原発で定期点検後の再開問題が議論されているが、今だに緊急体制についてその確立が議論にならず、また実施されないまま原発の再開が進められていることは技術的には大きな問題である。仮に原発からの放射性物質の飛散が原発建屋上部への爆発とするなら、筒状の拡散保護壁の設置、気象庁からの風向きの通報、それに伴う住民への通知、インフルエンザウィルス用のマスク、ヨウ素剤の配布、さらには避難用のバスの手配、疎開先の小学校の整備など実施する必要がある。
2. 水と原子力発電
第1章で水と原子力発電について整理する前に必要な事実を示した。現在、原発の安全性を考えることが困難なのは、あまりに社会的な影響を強く受けるので、科学的な意味での誤報、間違った認識が多いからでもある。ここでは少なくとも第1章で整理した錯覚などを除いて論を進めることとしたい。
2-1 水びたしの原子力発電
原子力発電所、その中でも現在の世界でもっとも多く使用されている軽水炉(沸騰水型および加圧水型)では、その体積の多くが水で占められている。原子力発電所における水は、1)核反応を連続して行わせるための中性子減速材、2)核反応の熱を取り出すための冷却材、3)タービンを回すスチーム、4)スチームを水に返すための冷却水、5)非常時に原子炉を冷却するための水、の5つであり、いずれも原子力発電をするための中心的役割を果たす。核反応の熱を取り出す水とタービンを回すためのスチーム(水)が別のものが加圧水型、兼用する場合が沸騰水型である。
高速中性子の吸収断面積が大きく、中性子の減速材として水が有効であるのは、質量m1の粒子が質量m2の粒子に弾性衝突した場合に、粒子1の衝突前の運動エネルギーK1iと、衝突後の運動エネルギーK1fの関係は次式で示される。(ここでは式を省略します)
従って水が減速材として優れているのではなく、水素が中性子と質量が近いので質量差の2乗が効くのだから、減速効果が高いことによる。
次に核反応の熱を除去するのに水を使うのは、資源が豊富で安価、それにも関わらず熱伝導率などが高く、粘度(動粘性係数)が低い水を使うのがもっとも適している。さらに蒸発してスチームを得、それによってタービンを回すことを考えると潜熱や工学的取り扱いを考えると水(海水、河川水)が適していることになる。
しかし、熱伝導率(単純な物理的特性)やPr数(流速、境界などの流体的特性)などから言えば、水は熱を移動させるための最適な液体ではない。たとえば、中性子の減速の必要のない高速増殖炉では原子量の高い元素を使えるから、液体ナトリウムが核反応の減速材に使用できる。ナトリウムは500℃の熱伝導率は0.67J/cm・s・℃であるが、300℃の水の熱伝導率は0.0068J/cm・s・℃であり、熱伝導率は水の約100倍である。
このようなことから原子炉は炉心にウラニウムやジルコニウムなどを使用し、主たる構造物は鉄でできているが、そのほかは水浸しであり、その水がぐるぐる回っているとも言える。このようなことから福島原発事故でも、さらに膨大な水を投入して発熱を抑える手段をとったと考えられる。しかし、燃料が100℃を超えていると放射性物質を含んだ水蒸気が原子炉から環境中に噴出して環境の放射線量を高めたと考えられる。
2-2 通常運転時・非常時の水と原子力発電
通常運転時の原子力発電所では水の問題は主として金属との接触による腐食に注目される。特に冷却水の温度は原子炉の発電効率に大きな影響を与えるので、膨大な研究が行われている。また原子力発電所に特有のこととして、アメリカで亜鉛の添加量と原子力発電所での作業員の被曝との間に強い相関性があることが指摘され、選択的に強い放射線を持つ元素が原子炉の材料に取り込まれるのではないかと推定されたが、後に否定されている。
通常運転時でも水に関する事故、トラブルは頻発している。有名なものとしては、関西電力の美浜原子力発電所では2004年に二次冷却材の水がエロージョンによって磨耗した配管から噴き出し、作業員4人が死亡、7人が重軽傷を負う事故が発生した。この事故が「原子力施設の事故」なのか、それとも「原子力に無関係の事故」として処理すべきかが問題となった。福島原発事故が「核反応」ではなく、核反応でできた放射性物質が原子力とは関係のない水素爆発におって起こったことを考えると、原子力発電所の事故の大小は単に漏洩するものが放射性物質を含むか否かの差であるので、この事故は原発事故として取り扱うことが必要である。
また、この事故は美浜発電所が稼働を始めてから特に多かった水に関する事故の一つだったことも注記したい。美浜原子力発電所に関する水に関係する事故は以下の通り。
1991年2月 2号機で蒸気発生器の電熱線が破断し、原子炉が自動停止した。国内で初めて非常用炉心冷却装置が作動。また、放射線物質が放出された。
2003年5月 2号機の高圧給水加熱器の伝熱管に2ヵ所の穴が開いた。
また、東日本の原子力発電所は地震が予想されるので自主的に運転を止めた浜岡原発以外は北の青森から南の石川県まですべての原発が震度6で破壊したが、その中で北海道・泊、青森・東通、福島・福島第一、そして静岡・浜岡のこれまでの主たる事故をリストした。まず水に関連する事故としては、
(1) 水に関する事故
【泊原子力発電所】
2003年9月 2号機で放射能を含む1次冷却水が漏れ運転停止。
2004年9月 1号機で蒸気発生器伝熱管56本に損傷が見つかった。
2004年10月
2号機でB充填ポンプトリップの警報によりBポンプが自動停止した。
【東通】
2005年6月 試運転中の1号機で主蒸気隔離弁を開こうとした際、途中で動かなくなるというアクシデントが発生した。
2011年4月 東日本大震災の余震により運転停止中だったが、外部電源が一時期使用不能となり、燃料プールの冷却ができない事態となった。使用不能となった26分後、非常用発電機3台のうち、点検中だった2台を除く1台が稼働して冷却を継続することができたものの、外部電源復旧後に燃料循環ポンプ付近で燃料漏れが判明し使用を停止した。
【福島第一】
2010年6月 2号機の発電機の故障で自動停止。原子炉内に冷却水を給水するポンプが動かなくなり、原子炉の水位がおよそ2m低下した。
2011年3月 11日に起きた東日本大震災の地震と大津波によって、外部からの電源と非常用ディーゼル発電機を失い全電源を喪失、制御不能状態に陥った。そのため圧力を下げようと原子炉格納容器の弁を開け蒸気を外部に放出したものの、1号機と3号機で水蒸気爆発を起こした。その結果、広範囲に放射能が拡散した。後に高濃度の放射能汚染水が太平洋へ流れ出し広範囲に拡散した。
【浜岡】
1991年4月 3号機で原子炉の給水量が停止し自動停止した。
2001年11月 1号機で配管の一部が破断した。
2001年11月 1号機で原子炉容器から冷却水が漏えいした。
2002年5月 2号機の点検用水抜き配管から水漏れがあった。
2005年11月 1号機の配管から水漏れした。また3号機で屋外配管の腐食による蒸気漏れが起こった。
2011年5月 5号機の停止作業中において復水器に海水が混入するトラブルが発生。その影響で海水中のヒ素が放射化、ヒ素76を検出した。
である.これらを概観すると大量の水が原子力発電所内を循環しているので、大事故にはいたらない事故がかなりの頻度で起こっていることが判る。また水以外の事故として、
(2) 水以外の事故
【泊】
2006年12月 定期点検中の2号機で火災が発生した。
2007年7~8月 建設中だった3号機で相次ぐ不審火が発生した。
2007年9月 1号機の非常用ディーゼル発電機2基が故障した。北海道電力は原因について「調整装置に異物が混入したため」と発表した。
2010年3月 1号機で定期検査中に作業員が放射性物質を体内に取り込み被曝した。
2011年1月 3号機で定期検査中に作業員が放射性物質を浴びて被曝した。
【東通】
2007年1月 1号機のタービン建屋地下の変圧器より発煙が見つかった。
2011年3月 東日本大震災では1号機が定期点検中で停止していたため、大きな影響はなかった。外部電源を喪失したものの非常用発電機が作動したため電源供給は行なえた。
【福島第一】
1976年2月 2号機内でパワープラントのケーブルが発火し火災となった。
1978年11月 3号機で日本で初めて臨界事故が発生。定期点検中に制御棒5本が抜け、7時間半の間、臨界状態が続いた。だが、この事故を東京電力が公表したのは2007年3月22日だった。
1990年9月 3号機で主蒸気隔離弁を止めるピンが故障し、原子炉圧力が上昇して運転停止となった。
1998年2月 4号機で定期検査中に制御棒137本中34本がおよそ15㎝脱落した。
2002年8月 1980年代後半から1990年代にかけての点検記録の隠ぺいが発覚した。
2006年12月 1号機の温排水温度のデータ改ざんが発覚した。
【浜岡】
2004年2月 2号機のタービン建屋の屋上にて火災が発生した。
2004年8月 4号機のコンクリート骨材のデータの改ざんが発覚した。
2006年3月 14件におよぶデータの改ざんが発覚し、中部電力が発表した。
2006年6月 5号機でタービンの羽根が破損した。
2009年8月 駿河湾沖を震源とする地震で4、5号機が緊急停止した。
2009年8月 5号機の排気筒排ガスからヨウ素131を検出した。
2009年12月 3号機で放射線廃液の漏えいのために、作業員34人が被曝した。
のように電気系統などの事故が主たるものであるが、それ以外にデータの改ざん、隠蔽なども目立つ。 いずれにしても水の存在が原子力発電所の安全を保つために大きな影響をもたらすことを示している。
それでは原子炉付近には水を使わない原子炉(たとえば日本の高速増殖炉、実験炉としてのトリウム溶融塩原子炉など)について水の役割はどのように考えるのだろうか。軽水炉とことなり、炉心にはナトリウムやフッ化物が使用され、その熱を受け取りタービンを回す流体として水が利用される。従って、原子力発電所の中の水の利用については軽水炉と比較して質的に異なる。たとえば、ナトリウムの循環が止り、核反応が制御棒によって停止した場合、崩壊熱を除去する手段は用意されていない。緊急炉心冷却装置が存在しないし、水を外部から投入するとナトリウムと反応して水素を放出するので水素爆発、火災が予想される。また日常運転時でも火災が発生すると水が投入できないので、特殊な消火の設備と訓練が必要となる。
高速増殖炉などの安全議論では、「仮にナトリウムの循環ができなくなったら、どのようになるのか?崩壊熱の除去はどの程度か?」、あるいは「仮に高速増殖炉が火災になった場合、消火に水をつかるか、あるいは使えない場合はどのように鎮火するか?」という疑問が存在するが、このような基礎的な疑問も専門家の間でも行われない。その理由は高速増殖炉ではナトリウムの循環ができなくなることはあり得ない、火災はあり得ないということになっているからである。
3. なぜ、福島原発は爆発したか?
本論の最後に簡単に福島原発が爆発した論理、社会的な原因について簡単に触れる。
3-1 安全論理の不整合
原子力発電所の安全について「原子力発電所は必要だから安全である」という論理構成を取り、形式的には安全、実質的に危険なので、過疎地帯に原発を建設し、さらに危険手当とも言うべき交付金などを支給した。事故後も事故原因が判明しない中で、「事故原因が不明なので、同一安全指針では危険を内包する」という判断ではなく、原子力安全委員会は「安全である」という結論を出している。 すでに震度6で7つの発電所が100%の確率で破壊されている現状から見て、科学的に「地震多発地域の原発が安全である」という結論を出すことはできないと考えられる。また、「原発を動かさないと日本の電気が不足する」という理由で「原発は安全である」という論理も使用されている。
3-2 人災としての安全チェック体制
福島原発の防潮堤の設計について東京電力社長が国会で陳謝し、設計ミスを認めたが、これに対して国民の立場から監視する経産省・保安院の見解は述べられなかった。また福島県知事は「東電が安全と言ったから操業を認めていた。東電に騙された」と発言したが、運転を担当している東電が「危険だが運転している」と言うわけもなく、地方自治体が原発を容認する論理も定まっていない。
3-3 危険の議論を避けた安全論議
原子力の安全に関する議論では事故前には(事故後も同じ)「原子力発電所に危険が存在する」という指摘は取り上げられなかった。筆者は安全研究を促進するために「原子力発電は安全であると考えられていることは理解しているし、実績もそうであることは判る。しかし、多くの人が不安に思っているので、この場における先生方が安全と思っていても、安全研究に資金を出すべきではないか」と質問したことがあるが、採用されなかった。また、当然ながら事故が起こらないのだから、事故が起こったときの緊急体制についての提案も審議されなかった。このような状態になったことの一つの原因は皮肉なことに「反対派」の社会的力が強く、それに対抗するために危険な箇所の議論をしないという力が働いたことによる。
おわりに
原発が爆発した3月12日、専門家は「遠くに逃げろ。放射線は距離の二乗に反比例する」と科学的には間違ったことを発言し、それが報道されて多くの人を被曝させた。小さいことではこれも専門家が「ひまわりを植えると除染できる」と言い、大臣がテスト的にひまわりを植える映像が流れた。もちろんひまわりは初年度の汚染地では何の効果もない。
このように専門家が本来、その専門性から求められる正確な発言に留意しないのは20世紀後半の社会で起きたことと言われている7)。しかし、原子力発電所のような巨大な危険性をもつ技術をマネジメントするときに、「崩壊した科学者の倫理」に基づくことはそれ自体が論理の破綻をもたらしていると考えられる。ヨーロッパやアメリカがどのようにするかではなく、日本の科学者が原子力発電の安全性を19世紀型の科学者の倫理で考えなければならない時が来たと思う。
引用文献など
(一般の原子力発電の文献は福島原発事故後、その意味を見直す必要が生じているので、ここでは引用を控えた。)
1) 電離放射性障害防止規則 総則第1条記載(以下に最終改正時期と第1条を示す)
2) 大臣告示(線量当量限度告示)表15-3
3) 文部科学省(放射線安全規制検討会)、「放射線障害防止法に規定するクリアランスレベルについて」(平成22年11月)
4) RIST(高度情報科学技術研究機構)のホームページなどに多数の記録があり、平成6年度にはすでに1.0ミリシーベルトに低下している。
5) 東京大学名誉教授唐木英明氏、東京大学准教授中川恵一氏、東工大松本義久准教授などのテレビ出演、書籍、および公的文書(唐木氏については「広報よこはま」)などを通じて「被曝は健康によい」という概念の普及に努めている。
6) 竹書房、「チェルノブイリクライシス」 (2011.07.15)
7) Brown H, The Wisdom of
Science, Cambridge University Press (1986).