私の人生でもっとも名誉なことと言えば、高等学校の国語の教科書に私の文章が載ったことでしょう。掲載された「現代国語」の教科書が送られてくると、私の前に川端康成、私の後に中原中也や夏目漱石の名前が連なり、これほどビックリしたことはありませんでした。

 

「愛用品の五原則」というタイトルのついたこの文章は私の著書「エコロジー幻想」の一節でしたが、まずインド独立の父、ガンジーの言葉を引用し、

 

「こころというのは落ち着きのない鳥のようなものであるとわたしたちはわきまえています。物が手に入れば入るほど、わたしたちの心はもっと多くを欲するのです。そして、いくら手に入っても満足することがありません。欲望のおもむくままに身を任せるほど、情欲は抑えが利かなくなります。」

 

から始まっています。その後、若干の文章が続き、当時、私が考えていた「愛用品の五原則」を示したのです。

 

一、 持っているものの数がもともと少ないこと

 

二、 長く使えること

 

三、 手をやかせること

 

四、 故障しても悪戦苦闘すれば自分で修理できること

 

五、 磨くと光ること、または磨き甲斐があること

 

当時、リサイクル全盛でしたが、「リサイクルで資源を節約できる」という考えは近代科学が築き上げた「永久機関は存在しない」ということと学問的には同じなので、強い疑問を持っていました。そこで「ものを大切にする」というのは「使い捨てて、リサイクルをする」というのではなく、「ものに愛着を感じる生活」ではないかと感じていたのです。

 

日本社会を席巻したリサイクル熱は、プラスチックゴミから始まり家電リサイクルまで進みました。当時の通産省の幹部が「家電リサイクルは矛盾に満ちているから、日本のように官が主導し、家電業界が強い日本しかできないだろう」と言ったと伝えられました。

 

近代科学や永久機関を知らない人でも、少しでも理性と考える力があれば、「捨てるのに500円、リサイクルで3000円」ということと、「リサイクルすると資源が回収できる」ということとが完全に矛盾していることに気がついたと思いますが、利権の力と圧倒的な報道によって矛盾は完全に社会の中に埋没したのです。

 

資源が回収できるなら単に捨てるときに500円なら、それから資源回収によって得られる利益200円を引いて、300円になるはずだからです。今、3000円は6000円になって業者の懐に入っています(半分は5000円で輸出され、業者は日本人から3000円、外国人から5000円を取っている)。

 

それから10年。世界でリサイクルをしている国は日本を含めてどこにもありません(ここでいうリサイクルとは、一度使ったものをもう一度使うという意味で、「焼却」したものは入れていません)。まさに当時の通産省幹部が言ったように、官と業界が一体となって国民に事実と異なる情報を流さなければできないことだったのです。

 

当時、私は「環境先進国」と言われるドイツやイギリスのリサイクル率を調べ、ドイツが8%、イギリスが1%であることを知って愕然としたものです。それは今、原発事故を受けて急速に盛り上がっている自然エネルギーフィーバーとも類似したものでした。事実を見ず原理主義に陥った私たちでした。

 

原発事故は「原発は安全である」というお札を掲げ、現実は危険だからこそ人口が少ない場所に建て、交付金を出すということとの矛盾に、知らない顔をしてきた日本人の特徴が現れているのですが、それと同根のように思えるのです。

 

「takeda_20110914no.135-(6:41).mp3」をダウンロード

 

(平成23914日)