郡山市は市長の決断で、市内の小学校の校庭の表土を除き、子供達がすこしでも被ばくしないようにと努力した。

その結果、表土を除く前には1時間あたり3マイクロシーベルトもあったのに、それが0.6マイクロシーベルトに減った.

子供達にとっては素晴らしいことだ.

これが小学校ばかりではなく福島県の全部に行き渡れば、

「汚れた福島」

から

「綺麗な福島」

への転換ができる。素晴らしいことだ。

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でも、これに対して文科省の大臣が、

「3ミリシーベルトで安全なのだから、余計なことをするな」

と言った。「汚れた福島のままで良い。30年はそのままでよい」という意味になる。

その理由は、「安全なものをさらに安全にしなくても良い」ということだが、超・ねじれ思考であると共に、法律違反である。

もともと文科省は、放射線を出す物質の法律を作り、厳しく管理をしていた。複数の法律があるが、その基本思想と規制値は、

1. 

被ばくはできるだけ低い方が良い、

2. 

子供の被ばくは大人より危険である、

3. 

一般人の1年間の限度は1ミリシーベルトである、

4. 

「クリアランス・レベル」(原子力関係の廃棄物を捨てる時の基準)は1年間10ミリシーベルト以下にしなければいけないし、それに反すると1年以下の懲役で犯罪である、

ということである。

今回の地震で臨時措置として、年間20ミリシーベルトとう限度を決めたが、これはあくまでも「望ましくないが臨時」であり、さらに「法律で決まっているのを、文科省の大臣が勝手に変更できない」という制限がある。

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実質的に子供達の安全を守るという点でも、これまでの文科省の指導の思想から言っても、さらには具体的な法律から見ても、郡山市の行動とその結果は、「子供を育てるために存在する、文科省として喜ぶべきもの」であることは明らかだ.

私は福島原発事故以来、政府が自分たちのメンツにこだわって、

「どうにかして、国民や子供をより多く被ばくさせたい」

という行動を取ることに、実に不思議な感じがしていた。

「そんなことはないはずだ」と何回も自分に言い聞かせてきたが、政府が言ったり、行動したりするとすぐ、それは裏切られる.

原発事故では「最初に逃げて、後で戻ってくる」ことによって被曝量を減らすことができるのに、一番、多く放射性物質が出ている時に「安全だ」と言って、放射線が少なくなってから「危ない」と言い出したりしている。

私は小学校の基準として文科省が出した1時間3.8マイクロシーベルトという計算はまったくの間違いと思っているが、もしそれが正しくても、郡山市の小学校の汚染が下がるのは歓迎のはずだ。

すでに政治家やお役人が自分たちだけのことを考えて、国民は税金を納める道具ぐらいしか思っていないことは確かだが、こんなときにもそうか、と思うと情けない.

(注)文科省3.8マイクロの間違い

1. もともと子供は1年間1ミリシーベルトである、

2. 原子力安全委員会も、臨時措置でも子供は10ミリシーベルトが望ましいと言っている、

3. ノーベル医学賞を受賞した外国の学者も、子供の規制値を2から3分の1にすべきだと提言している、

4. 内部被ばくを計算していない(計算根拠を示さず、無視できるとしている)、

5. 校庭にいる時間以外は子供が屋内にいるとしていること、さらには屋内は屋外の2.5分の1だとしていること(現在の福島県の状態を無視している)。

子供をできるだけ多く被ばくさせたいという異常な心理で、子供を被ばくさせるな!

(平成23429日 午前11時 執筆)