特別な国:日本を考えるというシリーズを始めて、うっかり「穀物自給率」に踏み込んだら、それから抜け出せなくなったという感じです.これで(2-4)にもなってしまいました。

これは、非常に多くの問題がこの農業という重要なテーマの一つに未解決のまま残っているからです。

なにしろ農業従事者の平均年齢が66歳ということはすでに農業が「産業」としては崩壊し、あと10年経つと「生物学的にも崩壊する」ということが明らかという異常な状態なのですから.

その中で、今回は北海道の農業とTPPという側面を整理してみたいと思います。

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TPP というのは国際的な貿易の自由化の動きの一つで,一般的にはEPA, FTA という名前で呼ばれる世界的な貿易自由化の枠組みの一部とも言えます。

英語の略号ばかり出てきますがFTA(自由貿易協定)というのは,それぞれの国が自分の国の事情も含めて相手国と相談をしながら自由化を進めていくというもので、すでに世界的にはアメリカ、ヨーロッパ、アジア等でそれぞれ進んでいて,世界全体としては順調に貿易が自由化されていると言えるでしょう。

ところが TPP の方は何か突然でできたという感じがあります。これは TPP 自体がFTAの枠の中で、アジアの小さな4か国が合意していたもので、それに突如としてアメリカが加入したので注目されるようになったからです。

これからのグローバリゼーションを考える上でTPPは重要ですが、そのことだけでかなりの整理が要りますので、ここではTPPについてはあまり触れずに、「TPP に日本が加入したら,すべての貿易の関税を取り払わなければならない」というように単純に考えて先に進みたいと思います。

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TPP に加入したら北海道の農業はどのくらいの打撃を受けるかという試算が北海道の農政部からでました。

それによりますと,TPPに加入することによって,簡単に言えば,北海道の農業が半分以上だめになり,農家の戸数は現在の6万戸のうち、33000戸が廃業するという結論です.自給率200%という日本の中では最強の北海道農業の半分以上が壊滅するのですから、これは大変です.

当然、それに伴って農業生産額や農業関連産業の出荷額も半分以下になるとされています。

北海道の農業は日本全体から見ると恵まれているので,全国的な衝撃はさらに大きく、日本全体では現在の食料自給率40%から13%に減少すると試算されました。

1%でも食糧自給率を上げようとしているときに、一気に13%まで下がると言うのですから、これもまた衝撃的です.

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「北海道の農政部が自分たちの農業を守ろうとして発表したのだから,このくらいの結果が出る」という皮肉な見方もありますが,真正面から見ると深刻に受け取らなければならないでしょう。

先に示したように、もともと北海道というのは食糧の自給率が200%であり,全国の農業従事者の平均年齢が66才であるのに対して,北海道は56才と10歳も若く、農業がある程度活発に行われている地域です。

さらに,北海道の一戸あたりの耕地面積は21ヘクタールですが,これは EU 14ヘクタールより大きいこと、日本の平均の一戸あたりの耕地面積は実に1.7ヘクタールですから、それに比べれば10倍以上という広大な耕地面積を持っています。

参考までにアメリカは一戸あたり139ヘクタールですから,ずば抜けて大きいことも頭に入れておく必要があります。

また酪農関係も北海道はアメリカやEUに遅れをとっている状態ではありません。例えば一戸あたりの頭数は EU 10頭、アメリカが138頭なのに対して,北海道は64頭とちょうど中間に位置しています。

このように北海道は本土とは違い農業環境は世界的にも良好な環境にあり,関税が撤廃されて北海道農業が国際競争にさらされても,ある程度やっていけるように思いますが,農政部の試算はこれと全く異なるのです。

なぜでしょうか?

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日本の農産物の平均関税関税率を他国と比較しますと,インドの124%、韓国の62%、タイの35%などアジアの諸国に対して、日本の関税は12%と比較的低い関税率です。

また, この農産物関税率はEU 20%、アメリカ6%ですから。日本の農産物も平均関税率は,アメリカよりかは高いものの,食料自給率がほぼ100%以上のEUに対して半分ぐらいの関税をかけているということは言えます。

すでに一般農産物の平均関税は決して高いとは言えず、その意味では日本の農業は「関税で守られている」とは言えません。

もっとも、日本はコメを優遇してきましたからコメの関税はかつて778%,現在でも460%です。

つまり TPPに加入をしてお米の関税がゼロになりそのまま日本に入ってくるということになると日本の米の値段は4分の1になるということです。

米の値段が4分の1なるということは国民から言えば安いをお米を食べられるわけですから良いことなのですが,さすがに農家の方は出荷する値段が4分の維持なればそのまま廃業しなければなりません。

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上の数字からは、EU農業と同程度もしくはより強い国際競争力を持つと思われる北海道農業が TPPによって壊滅することはありえません。

つまり、日本の農業を痛めているのは、今まで長く続いた日本の農業政策が農民のためにも、国民のためにもなっていなかったということが一番大きいと考えられます。

つまり、日本には農業が必要なのか、どのような農業を育てるのかといった基本的な問題がおろそかにされ、1)単に選挙の時の票や、2)税金をどれだけ多く農業に引き込むか、3)農業で中間搾取をしよう、と言うことに終始して農業が破壊されてきたからです。

国民の方も農業に対してあまり関心を持たずに議論をしなかったということにもよりますし、農業のことを議論すると農業の専門家という人たちが出てきて「お前たちは専門でもないのに何だ」と文句を言うことも原因しています.

このシリーズで私が農業に従事する人の平均年齢が10年後に76歳になるという奇妙さが全てを表していると強調しているのも、複雑な議論に巻き込まれないためです.

成立するはずの北海道農業がなぜ、TPPで破綻するのか、その本質を指摘するのが本来の農政部の責任でしょう。

(平成23218日 執筆)