「お父さん、運転免許ってなに?」

「ああ、お爺さんの時代までは自動車を人が運転していたんだよ。だから運転できる人に国が免許を出していたんだ」

「へえーっ!? だって自動車って名前なのに自動で動かなかったの?」

「自動車ができる前は馬車だったから、馬の代わりに動くという意味で自動車と名前がついていたんだけれど、運転は人間がしていたんだ。本当は「自動車」じゃなかったんだろうね。」

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まもなく自動車は本当に「自動」に動く移動手段になるでしょう。それはナビに使われている人工衛星のGPSがもう少しだけ進歩すると地上のものを1センチぐらいまで分かるようになるからです.

1センチぐらいの狂いなら十分に自動運転は安全です。

もう一つはコンピューター技術が進んで、「クラウド」になるからです。「クラウド」とは「雲の上」のような意味で、どこかに大きなコンピュータがあって、それがコントロールしてくれます.

この2つのことはもう2010年に部分的に実用化されているので、まもなく自動操縦の自動車ができるのは間違いありません。

人は「今が正しい。今より進歩することはない」と確信していますので、自動車には運転免許がいるとか、無免許運転はいけない、お酒を飲んだら運転できない、高齢者は免許証を返納する、電気自動車が環境に良い・・・などと後ろ向きのことばかりを考えがちです。

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今から100年前、馬車が増えてきたので、「道路の馬糞をどうするか?」という環境問題が真剣に議論されていました。

でも、人間は知恵がありますから、解決方法は「意外」なところからやってきます。なぜ「意外」かというと、人間の頭には欠陥があって「今を正しい、今の状態が続く」と信じているからです.

目の前に馬糞があると、馬糞に一所懸命になってしまい、「馬糞を出さない馬車」を考えるのは本当に少数の人だからです.

馬糞が増えると困っていると、馬を使わない自動車が登場します.それが「エンジンつき自動車」だったのです。

20世紀の中盤から、人間は半導体、コンピュータ、高速通信などの科学技術を誕生させてきました。これは1800年前後に蒸気機関ができて「人間から力仕事を解放した」というのと同じように、「人間から単純な頭脳活動を解放する」という意味を持っています.

つまり、人間の頭脳活動でも芸術・学術といったものではなく、単に伝票の数字を合わせたり、駅で切符を切るという単純な頭脳活動を順次、電気機器に任せることができるようになったと言うことです。

自動車や電車、それに航空機の運転はそれほど創造的な頭脳活動を求めてはいません。事実、すでに新橋からお台場に行くモノレールには運転手が不在ですが集中管理で安全に運行しています.

おそらく社会が容認すれば新幹線の運転手もすでに不要なのでしょう.

自動車も今の運転席というのは無くなり、自動車に乗って行きたいところを言えば、音声認識で自動車がそれを理解し、安全快適に目的地に連れて行ってくれるでしょう.

小学生でもお婆さんでも自分が行きたいところに行けるのですから、とても素晴らしいことです。今はまだ自動車を運転できないお婆さんは頭を下げないとなかなか移動できません.

そして、さらに良いことに、GPSの認識が1センチになると、玄関を飛び出してくる子供や通りにある小さな石ころまで分かりますから、「交通事故」が過去のものになります.

すべての移動体(自動車、電車など)はどこかにある「クラウド・センター」で管理され、衝突などが一切無いようになります。

後は人間の慣れまでの時間と、具体的に無人運転ができるようになるための高い周波数の通信、それに必要な材料、電子機器、それにソフトができるのに少し時間がかかるだけです.

「交通事故、飲酒運転、運転中の急病、運転できない人は大雨でも歩かなければ外に出れない・・・」など多くの悩みが一気に解決する日も遠くありません。

自分が明るく未来を見ることができないからと言って、人に暗い未来を言うのはあまり感心しません。みんなで明るい未来を描き、それを拓いて行きたいものです。

(平成23124日 執筆)