2010年12月、警視庁捜査一課は尖閣諸島沖で起きた巡視船と中国漁船との衝突ビデオをネット上に公開した海上保安官を国家公務員法(守秘義務)違反で書類送検した。

この事件は「曖昧が好き」な日本人でも、一度は考えておかなければならないものだろう。あれほどの報道をしたマスコミも今やほとんど触れないし、もともとの衝突事件の全容すら不明のままだ。

日本が民主主義で、外交が大切なら尖閣諸島沖の事件に関する情報や説明がまったくされていない状態である.

・・・・・・・・・今、分かっている範囲・・・・・・

尖閣諸島沖の事件の映像は、事故直後の9月17日から21日にかけて、海上保安大学校の「共有フォルダー」に保存されていた。このフォルダーは海上保安庁の人ならいつでも閲覧したり、そのファイルを自分のパソコンに保存することができた。

実際には不起訴処分になった保安官の同僚が、昇進試験の資料を調べていて偶然にビデオを発見、巡視船「うらなみ」の共用パソコンに保存した。

処分された保安官は10月中旬に映像をUSBメモリーに撮して、それを自宅のパソコンで編集して、ネットカフェからユーチューブに投稿した。

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この問題は「公務員が仕事上、接することのできる情報の内、何を国民に知らせることができないか」という問題と、「1人の人に印刷物を見せるのと、ネット上に公開するのとなにが違うのか」という問題を含んでいる.

まず、国家公務員法 100条第1項には「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。」としている。

この条文が関係する事件はすでに起こっており、そのうちのいくつかは最高裁判所まであがり、判決が出ている。それらの結果をまとめると、

1)   「職務上知ることのできた」とはなにか?「秘密」とはなにか?は議論されている.ただ「漏らす」とは何かは議論されていないか、ほとんど問題になっていない。
・・・「漏らす」というのは市役所に来た市民に役所の書類を示して「こんな風になっています」と説明するのと、その書類をPDFにしてネットに出すのとは同じかなどである。つまり、市民だけに限定される場合と、全世界の人が知る場合とでは、その秘密を漏らす事によって生じる利益や損害が異なるからである。

2)    「職務上知ることのできた」ということは「職務」ではなく「偶然に知り得た」ことも範囲に入るとされているが、なぜ、職務ではなく偶然に知り得たものも含めるのか、必ずしも十分に説明されていない。
・・・「職務」というのは「公務員」という事ではないから、役所にいると自分の職務に関係の無い情報に接する.今度の場合、保安官が見たビデオは同僚のパソコンにあるものだから、職務上知りえたのではなく、職務以外で得られたものと言える.この場合、職務規律違反は成り立つが守秘義務が成立するかどうか不明だ。

3)    さらに難しいのは「秘密」の定義で、これについては多くの判例があって「本来、役所の情報はすべて国民に開示すべきものであるが、特定の情報の公開が著しく公共の利益に反したり、個人のことに関する場合は「特例」として「秘密」にできる」というのがほぼ確定していて、さらに形式的にマル秘のハンコが押してあるかどうかではなく、「実質秘」であることとされている。
・・・判決例はあるが、まだまだ未完成だ。「秘密」の論理や理想だけはある程度ハッキリしているが、「それでは現実にどうするのか」となるとまったく矛盾した判決が出ている。

とまとめることができる。

役所にある書類があって、それを誰がマル秘にするか、その情報が「著しく公共の利益に反するか」をいちいち判断することが難しいし、その判断を誤ったら罰を受けると言うことになると、日常の業務では難しい。

これが会社の場合は、原則として会社の情報は会社以外に出さなくても良いので簡単だが、市役所の仕事などは市民に伝える(市民と会社員が同じだから)必要があるものがほとんどだからだ。

今回の尖閣ビデオの場合、

1)   ネットにアップしたから罪になったのか?

2)   職務上ではなかったから罪になったのか?

3)   誰でもアクセスできるものでもマル秘があるのか?

4)   マル秘の指定はされていたのか?

などがまず問題になる。情報がほとんど閉ざされているので、不明なところが多いが、「友達に見せたのなら良いが、ネットだからダメだ」ということになると、法律を越えた処分となる.

「職務上、必要ではなかった尖閣ビデオを見たから」というのなら守秘義務ではなく職務怠慢などでの処罰になるだろう.

尖閣ビデオのマル秘指定はいつ、誰が行ったのかと言うのが明らかにされていないので、国民ばかりではなく、公務員もこれから罰せられないためには何をどのように注意したらよいか分からない。

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権力は常に自分に都合のよいものだけオープンにする。戦前にはマル秘書類ばかりになった経験もあるのだから、その教訓を生かし、政府はより積極的にこの問題についての経緯、事実をオープンにするべきであろう。

「公務員は職務で知った情報を漏らしてはいけない」などと時代錯誤の発言が続いたこの問題に国民も興味を持つことが大切だろう.

(平成23123日 執筆)