トキは泣いている。

日本列島に住むには体が大きすぎる鳥だったけれど、江戸時代までは上空から見ると日本列島は田んぼばかりであぜ道も小川もどこにでもあった。

小川の畔には水草が生えていてそこにはドジョウもタニシもいくらでも見つけることができた。

だから、トキはあの大きな体で日本原産の鳥だった.学名をニッポニア・ニッポンという。体の色は美しかったけれど、肉は臭いがしてまずく「暗闇でなければ食べられない」と嫌われた。

日本が江戸から明治になり西洋文明が取り入れられてから、日本列島の様子は一変し、都市が増え、田んぼが姿を消し、河川はコンクリートで護岸された。

トキはエサがなくなり飢餓に苦しんだ。おまけに昭和になると作物の収穫量を増やすということで「緑の革命」というのが始まって、農薬、殺虫剤、肥料が使われて、ますますエサはなくなっていった。

思えば、死ぬほど辛い日々だった.

生物の種が絶滅するというのは大変な事だ。体の弱いトキが死ぬのではない。すべてのトキが死に絶えるのだから、その辛さは想像を絶する。人間で言えば、北海道の冬に裸で放り出されるようなものだ。

最後に数匹のこった頑健な体を持つトキたちの辛さはどんなだっただろう.申し訳ないことをした。

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1971年、今から40年前に石川県に住んでいたお婆さんトキ(ノリさん)が死んで、日本のトキは絶滅した。ノリ婆さんは自分が最後のトキだということを本能で知ったが、それでも哀しくはなかった。

三葉虫もアンモナイトも、あの頑健な恐竜さえも歴史の中で消えていった。この世の全てのことは諸行無常であり、栄枯盛衰だ。それはトキも例外ではない。それをノリ婆さんは知っていた。

日本でトキが生き残ることがどんなに大変なことか、人間が日本列島を江戸時代に戻してくれなければ、河川のコンクリートをすべてもとに戻してくれなければ、トキは生きていけない.

このままでただ生かされてもそれは地獄のような飢餓と闘うことであることをあれだけ苦しんだノリ婆さんは分かっていただろう。

ノリ婆さんが最期を迎える数年前には、NHKがトキの巣を何回か襲って(ヘリコプターを飛ばして近くから空撮を繰り返した)、最後の砦もムチャクチャになった。

それから30年ほど経って中国からトキが贈られた。人間がなにを考えたのか知らないけれど、またあの飢餓の苦しみの中を生きなければならないのか!

環境省やNHKはただ自分だけの利権と利益のことだけを考えているのだから動機はわかるが、普通の日本人はもっと優しく、他人の気持ちになれると思ったのだけれど・・・

絶滅危惧種の保護というのがどんなに残酷なことか、自然と共に生きるならそのぐらいは感じて欲しい。日本の大人はもうダメかも知れないけれど、子供は私たちを絶滅させてくれるかも知れない・・・

(平成23119日 執筆)