科学は将来を予測してはいけない。その理由の一つは「過去は存在するが、未来は存在しない」からであり、第二は「科学自体が思いがけない未来を創り出すもの」だからである。

30年前、「携帯電話はどう思いますか?」と聞くと、

「あんな重いもの、携帯とは言えないよ.小さくなるって言っても将来とも2キロはあるって言うじゃないか。そんなもの持ち歩く人は車で移動する社長ぐらいなものだ。それにどこにいても電話されるなんて、まっぴらだ」

と言われた。

未来のことを話すのに2つの困難がある。一つは「人間は「今」の状態が長く続く」と信じていることだ。たとえば、携帯電話が10キロぐらいの重さの時、「10年も経てば100グラムになる」と言っても信じてくれる人は少ない。

かつて、30年ほど前、私はお隣の方に「将来はテレビが壁に掛けられるほど薄くなる」と言って、「そんなことはない」とバカにされたことがあった。

一所懸命考えて、バカにされるのだから割があわない。

もう一つの違和感は、「生活の違和感」である、固定電話になれている人は、「電話はあるところでかけるもの」と思っているし、携帯電話が普及してきたときも、電車の中で大声でかけている人など、まだマナーが定着しないので、反感を買う.

でも、人間のこれまでの歴史を見ると、やがて新しいものは取り入れられていく.第一、150年ほど前まで、テレビ、冷蔵庫はもちろん、エジソンが電球を発明する前は「電灯」すらない夜を過ごしていたのだ。

だから、「未来を語ると変人に思われる」のがオチだが、それでもあえて未来を描画したい。それはあまりに今の日本が暗く、将来に不安を持っている人が多いのを少しでも払拭したい。

その第一回目.「屋根と傘のない街」だ。

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今の街は大地の上に、ビルや住宅が建っている.都会では「一戸建ち」の方が人気があるので、お隣さんの住宅と50センチぐらいしか離れていないのに、その間に、壁、塀、塀、壁と4重で仕切られていることが多い.

だから、冷暖房に膨大なエネルギーがかかる.工業では「熱交換機」というのを使うが、まさに今の都市は熱交換機の構造をして、熱効率は最悪だ。

まして、夏にエアコンを使うと、ビルや住宅の外に「室外機」から熱風を吹き出すので、ますます街は熱くなる.

科学的に言えば、今の都市は「外と熱を交換する家の表面積の大きく、他人の家に熱風を吹き付ける」という構造をしている。だからエネルギーが膨大に必要となる.

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第二に、気象の変化は時として人間に厳しい。

台風、大雨、竜巻、熱波、寒波・・・いずれも壮健な人にとってはなんでもなくても、弱い人は打撃を受ける。だから、科学が進めば気象の被害を無くそうという期待も生まれてくるだろう.

やがて、たとえば名古屋市はその中心部が一つのドームになり、中心部のドームから30キロ離れた「郊外ドーム」の間は、高速移動ができ、移動中はのどかな田園風景を見ることができるようになるだろう.

つまり、住宅やビルはすべてドームの中に入り、自然はその間に美しい姿を見せるという具合だ。

そうなると、まず「傘屋さんが潰れる」とか「屋根を葺く職人が職を失う」ということは起こるだろう.気象予報士も大幅に削減されるかも知れない。

でも、雨は降らないし、気温は四季折々が何となく感じさせる人に調整され、夏はそらのスリットが閉じられるので、冷房に使う電気は大幅に削減される.

雨がない、台風も来ない、大雨もない、野生動物と住むところを分けられるので、自然を守ることができる、地震が来ても屋根がない(目隠しほどの屋根はある)ので家が潰れることもない・・・「大ドーム計画」は自然と人間の調和、より安全で快適な社会を実現する技術として大きく期待される.

そしてやがてドームの基礎が免震になれば地震の恐怖からも逃れることができるだろう。

やがて、そんなドームの中に住むようになってから100年も経つと「昔は「傘」というのがあったらしいよ」とか「大雨で被害がでたって書いてあるけれど、お父さん、これどういうこと?」という会話がされるだろう。

科学技術はその成果をショーウィンドウに飾る.それを利用するかどうかは社会が決めることだが、ショーウィンドウの中には必ず私たちの人生を豊かにしてくれるものがある。

(平成23116日 執筆)