水俣では水銀によって地域環境が破壊され、おおくの中毒患者を出した。

この環境破壊の防御は、次の3つからなる

1)   【直接的対策】環境破壊によって被害を受けた患者さん、周辺住民、チッソ、チッソの関係者を救う(原因を特定した方が良いが、とにかく体と生活を守る)、

2)   【抜本的対策】原因を特定し、水銀ならその毒性を研究し、治療に活かし、また同じような環境破壊が起こらない指針を作る、

3)   【将来的対策】環境破壊の「真なる原因」(水銀ではない。もっと抽象的な原因)を研究し、将来、再び環境破壊が起こらないようにする。

 あれほど有名な環境破壊である水俣病でも、上記の3つ、ほとんど当たり前と思われることすら社会のヒステリックな反応でうやむやになっている.

 社会的現象としては、患者の状態からショックを受けるのも頷けるが、冷静に考えなければならないところもある。特に環境学としては社会や思想とは切り離して研究を行い、それによって社会をさらに安全にすることが求められる

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 水俣病が起こるまで人類は水銀が毒物であるとは知らなかった。だから、被害者はもちろん、公害を起こしたチッソは加害者ではなく、関係者はすべて犠牲者になった。

 チッソの工場の操業許可は国(自治体)が出しており、廃液基準も正しく守られていた。

 このことを水俣事件の裁判が「無過失責任」を当事者にかけたことによってその後の対策はすべて誤ることになった。仮に無過失責任というのがあるのなら、国(自治体)に負わせるべきであった。

 現実には、「知らない事を知らなければならない」という矛盾した裁判官の判断の結果、水俣病が教えたこと「使用する経験が少ない物質を使うときのプロセス」をその後の社会に活かすことができなくなり、結果的には、その後のカネミ油症事件、ミドリ十字エイズ事件などおおくの環境破壊の犠牲者を出した。

 人間であれば水俣病の患者さんを目の当たりにして衝撃を受けない人はいないだろう.しかし、環境学は学問として感情を抑え、真なる原因を冷静に判断しなければならない。

 もし、水俣病が起こったとき、環境学が発達していたら、社会の反応とは独立に学問的な研究が行われ、より正しい防止方法が提案された可能性が高い。

 その点で、「猛毒ダイオキシン」という誤った騒動が起こったことに対して、東京大学医学部の和田教授がその論文で「ダイオキシン騒動は科学が社会に負けた例である」とされているのと同じだった。

 さらに、このような非論理的展開が地球温暖化でも行われている.

 地球温暖化の原因はまだハッキリしない。原因として言われているものは、1)太陽活動、2)都市化、3)CO2 の3つである.現在の段階で論文などから判断すると、この3つの要因はすべて関係していて、その比率を定量的に計算するのは困難である.

 その場合、近い将来に予想される「温暖化の被害」を防御するためには次のように考えるべきと思う.

1)   本来、CO2を削減すべきであっても、その効果はすぐには現れず、特にアメリカ、中国、インドなどが削減していない状態では、日本でのCO2削減の効果はまったく期待できない、

2)   仮に、近い将来に、熱中症の犠牲者(2010年は500人と言われる)、農作物の転換などが必要とされるなら、それに対して具体的な防御をする必要がある、

3)   研究資金と学問が強く結びついている国立環境研究所や東大などの温暖化研究を広く学問に開放し、より正しい判断ができるようにする。

 地球温暖化を台風の被害になぞらえるとすると、「被害が予想される台風を止めることができなくても、窓に釘を打つことはできる」ということであり、抜本的原因に対する行動と、具体的な被害に対する防御は論理的に実施する必要があろう。

 環境破壊に対して、{被害防御、抜本対策、将来施策}の3つの柱は環境学にとって基礎的なものであるが、まだ議論も体系化も十分ではない。

 また、水俣病のような「すでに発生した環境破壊」と、温暖化のような「これから起こると予想される環境破壊」について、それぞれどのような防御をするべきかもこれからの研究課題である。

(平成2315日 執筆)