1970年代の初め、アメリカのMIT(大学)のメドウス博士が「成長の限界」を発表、たちまち世界の人が「将来は資源が無くなり、環境が破壊される」と誤解した。

著者も最初の段階で、メドウスは「このまま経済成長を続けると成長に限界が来る」と言っていると考えていた。それはメドウスの本を慎重に読まなかったからだが、もう一つ著者が誤解した理由があった。

それは、「地下に眠っている資源は有限だから、それを現在の消費量で割り算をすれば、有限に決まっている」という論理だった。

しかし、この論理は破綻している.人間は十分に考えないと簡単に論理破綻に陥る。

メドウスは将来予測をするに当たって、次の仮定をおいている.

1)   資源が新たに発見されないこと、

2)   環境技術が進歩しないこと、

3)   その他の科学技術、社会体制に変化がないこと。

この仮定は人類の歴史から考えると可能性が低い仮定である。人類の歴史は発展、変化の歴史であり、むしろ「同じ状態に止まっている」ということはなかった。

なぜ、人間の活動が同じ状態にないのか、なぜ宇宙も、地球も、生物も「同じ状態」にいることができないのかはこの原論で論じることになるが、ここでは「人類の歴史は変化する」ということだけを確認しておきたい。

事実、1970年から2010年までの状態は、すでにメドウスの仮定が誤っていたことを示している.

例えば、石油については1970年に「可採埋蔵量」とされていた量とほぼ同じ量がその後、発見されている.つまり埋蔵量は2倍になり、さらに増える傾向にある.

次に、環境技術は脱硫、脱硝をはじめとした大きな技術が次々と誕生した.また電子化、携帯電話などの環境に強く関係する技術も発展したし、国際環境(たとえば発展途上国の急速は発展など)も大幅に変化した。

それでは、メドウスはなぜ「人類はまったく進歩しない」という仮定をおいたのだろうか?

メドウスの第一仮定、「資源は新たに発見されない」という仮定を止めて「資源は発見される」とする。そうすると、「資源はどのぐらい発見されるか」という問いに答えなければならない。

「発見されていない」ということは「分からない」ということであり、学問では「分からないことを推定する」ことは学問の手続きからいってできない。

たとえば石油の埋蔵量について、「新たに発見されるであろう石油」を推定する方法が二つある.

一つは「地質時代に浅瀬の海であり、現在の地形が上に凸の褶曲地層である場所」という「今までの知見」に基づいて石油の量を出す方法である.

この方法は一見して学問的に見える.つまり「現在、学問的に分かっている知識を十分に活用して埋蔵量を推定する」からである。

しかし、この方法は決定的な欠点を有する。

石油の研究は今後も続いて、新発見があると考えると、それは「従来は地質時代に浅瀬の海に限定されると考えられていた石油の埋蔵場所は、4000メートルの深海でも同様であることが分かった」ということになる可能性があるからである。

「発見」というのは、「今までと異なった知見」だから、現在は「浅瀬のみ」と考えられていても、それは間違いで「深海でも同じ」という「新しい知見」が見いだされる事だからである。

自然科学の研究を長く続けてきた著者にとっては、日常的にこのように考えているが、普通の生活をしてきた人は「今の知見が正しい」とか、あるいは「新しい知見が正しい」と錯覚する。

このような基本的な誤謬を避けるためには、たとえば「地球が誕生したときの石油の原料(CO)の量と、現在の酸素(O2)の量から、理論的に炭素(C)の量を計算するという方法である。

このような方法を採れば、物質不滅の法則が間違いがなく、採用するデータの誤差が少なければ「将来、発見されることの内容」を知る必要がなくなる.

ところが、この方法で著者が計算してみると、石油の寿命は500万年という結果を得た。

しかし、このような計算は現在の学問を正しいとした時の結論(石油の寿命は40年か、せいぜい200年程度)とまったく違うので、信用されない。

つまり、メドウスが仮定したように、人類の知識に進歩はないとすれば40年という寿命を決めて先に進むことができるが、知識に進歩があるとすると、寿命が決まらないので、議論を先に進めることができない。

このことは「環境技術」も同じであり、ゴミをいくら出しても完全に焼却し、全てを再資源化するという技術はあり得る.仮にそう仮定すると、廃棄物に関係する環境汚染は無くなる.

 つまり、近代科学が生まれてからたびたび指摘されてきたように「過去から現在までの知見しかもちあわせていない人間が、未来を推定することはできない」ということが明確に分かる。

この原理をメドウスの未来推定計算に当てはめれば、メドウスが「将来予測をしない」と仮定したのは正しかったこと、従ってメドウスの計算の結果は科学的根拠を持たず、幻想に過ぎないことが判明する.

「資源が枯渇する」、「環境が悪化する」、「成長には限界がある」という環境学の基本仮定には科学的根拠が無いことが明らかになった。未来は現在の我々が推定している状態より遙かに明るいかも知れない。

学問が先を争うものであればメドウスの仮定で進むこともあるが、学問は拙速を嫌い、真実を追うものであるが故に、「資源が枯渇する」というためにはその証拠が必要であり、それは環境の悪化、成長の限界も同様である.

我々はすべてをやりかえなければならないだろう。

(平成221223日 執筆)