「環境」という用語には狭義と広義の定義がある。

狭義の定義は「物質、エネルギー、汚染、気温、災害」などに限定している定義で検討対象が絞られると言う点で有意義である.歴史的には「公害」の延長線上にあり、基本的には「環境破壊の防止」に焦点がある.

もう一つは、犯罪、病気などの負の環境と、生き甲斐、充実感、自然とのふれあいなどを含めた人間生活全体に拘わる定義である.単に自然科学的な環境ではなく、広く自然、人間、哲学、経済などを含む.

この二つの概念で「人間以外の自然」がどのように関係してくるかについてはまだ定説がない。きわめて難しいテーマであり、原論の中で議論を深めていくことにしたい。

また、「環境」には「時空」の関係がある。

空間の範囲を定義するもっとも標準的に考えは「自分または家族などに直接、もしくは間接的に関係のある空間と時間の範囲」である。もともと「環境」という時は「環(まわりの輪)」の「境(境界)」と言う意味で、簡単に言えば「一人の人が広い野原を眺めて、その見える範囲の円」ということである。

しかし、現実的な境界は「谷」とか、「自然の国境」などのような自然の区分と、「都市」、「人工的に引いた国境」などがある。たとえば谷の環境はそこに立つ人が見える山頂とはまったく違うものであり、谷の気温が高くシャツで生活ができても遙か高い山頂は雪に閉ざされているということがあるからである。

また、航空機の発達などにより、さらには国同士が国境を接しているなどの理由で、かなり広い領域を一つにして考える必要がある場合も多い.いわゆる「地球環境」と呼ばれるものがその一つだが、今のところその概念はきわめて曖昧である.

また、「環境」の範囲が「太陽や月」に及ばないことは一般的であるが、これも時代とともに変化していくだろう.

環境の時空の問題でさらに未解決なのは、時間の範囲である。

時間は非対称で、過去は存在し、現在は瞬時で終わり、未来はまだできていないという関係にある.過去はすでに過ぎ去ったものではなく、現実に環境に影響を及ぼす.

たとえば、2万年前のある星の大爆発はそれから2万年以上経たないと地球にその影響を与えないが、「過去に起こったことが将来の環境に影響を与える」という例の一つである.

1970年代、アメリカMITのメドウスが「成長の限界」を出版して以来、「将来に対する現世代責任論(世代間倫理)」が盛んに研究されたことがある。この問題は2010年になっても環境関係で取り上げられることがあるが、現世代が将来の世代に影響を及ぼすことについて、責任があるのか、それが「環境」の範囲かは、本論の重要な議論の一つなので、そこで考えることにする。

まず環境を考える第一歩として、

1)   環境の対象範囲、

2)   環境の地理的範囲、

3)   環境の時間的範囲、

について若干、言及した。次回からは特に重要で議論が必要な問題について、一つ一つ考えていくことにする。

(平成221221日 執筆)