年金がピンチに陥っているという話が良く出ます。多くの人に出してもらった年金のお金をお役所が運用しているのですが、どうも運用益が予定通りにならず、「これからの運用益が4.1%にならないと年金は払えない」という居直りのような発言が政府からありました。

もともと現在の「積立型(不完全型)」は無理があります.もし、物価や給料が毎年2%(低い)という率で上がっていっても、自分が30歳の時に払った10万円の年金は本人が65歳になったら、半分の5万円の価値になる計算です。

このようになるので、かつて自分が若い頃、苦しい家計の中で年金を支払っても、その分だけ年を取って受け取ることができるのは奇跡でもあります.

いわば貯金の目減りを防ごうと「お役所」が「お金の運用」をするのですが、今回のように「運用が思うようにいかなかった。今後何%で運用することができれば・・・」と誰も責任を取らないで言い訳だけ言えばすむのですから、お金の運用などという難しい事をお役人ができるはずもありません。

だから、「その年ごとに精算する年金」に変えないとこの問題は解決しない。つまり、年金を必要とする人が3人、所得のある人が10人とすると、その年に、10人の人が3人を養う.

後に残さないことだ。

こんなことは、大家族制では昔からやってきたことで、かつては一家の大黒柱だったお父さんが年老いて働けなくなったら、息子が頑張って一家を支えなければならない。

そのことを社会でやるのだから、「自分のお金を自分でもらう」というような考えではなく、「社会全体で前の世代の人を支える」という考えに切り替えなければ、いつまでも年金は不毛な議論だけが進み、不安定のままになる.

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ところで、将来、老齢化が進んで、若い人が支えなければならない人の数が増えると言われています.

かつて1970年には年金制度が整っていなかったこともあって、お年寄り一人を支える若い人は40人ほどでしたが、2004年には3人を切り、2030年には2人になるとされています.

つまり、今のお年寄り(私も含め)は若い頃は年金制度が不備だったり、お年寄りが少なかったりして、年金を払わず、今になって若い人のお世話になっているということです。

でも、これをお年寄りだけの責任にすることもできません。というのは、政府が年金制度を定着させようと「だれでも十分な年金がもらえる」という幻想を振りまいたからです.

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ところで、大家族制の話に戻すと、もし子供がいなければ老後の面倒を見てくれる人はいないし、子供がいても病気などをすればそれで終わりです.

それから見ると社会全体で年金を支えるというのは考え方としては正しいと思います.でも、今はそれが行き過ぎていると思うのです。

私が考える「常識」では、「若い人5人で老人1人を支える」とまず決めます.若い人の数を5人にするか、10人にするかはみんなで決めれば良いと思います。

それが決まったら、年齢分布にそって「今年から5年は65歳から」とか「お年寄りが減ってきたので63歳から」というように支給開始年齢を変えるか、または支給額を変化させるかします。

もし、若い人が減ってきたら、年金が少なくなるのも当然で、子供がいなければ年金がもらえないのと同じです.

そして「少子化対策」などのように人工的な操作をしないで、みんなが子供が欲しいと思ったら産むというような仕組みにしておくことが良いでしょう.

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でも、このことで私が言いたいのは、次の事からです.

一体、お年寄りが若い人に支えてもらうことは正しいのでしょうか?

もちろん、人間ですから、死なない限りなんとかして生きていく必要はありますが、「お金持ちの老人が夫婦そろって年金をもらい、海外旅行を楽しむ」というのにはやや違和感があります。

もちろん、若い人がさらにお金持ちなら良いのですが、やはりこの世は「働いている人が報われる」という社会でなければならないし、元気な時には脇目もふらずに働いて、その分だけ年を取ったときに遊ぶというのもなにか不健全なような気がします.

お釈迦様ではないのですが、人間は中庸が大切で、若い頃は張り切って働き、張り切って遊び、人生のもっとも素晴らしい時期を過ごし、年を取ったら、若い人に遠慮して慎ましく余生を送るというのがまともだと感じます.

つまり、一言で言えば

子供に苦労をかけてまで楽をしたくない・・・

ということです。さらに言えば

将来、お年寄りが増えて若い人が支えるのが大変と心配なら、年金はもらわない・・・

と(お年寄り連合を作って)宣言しても良いと思います.

年を取ると、子供も生むことはできず、スポーツもそれほどは楽しめず、食べるものも美味しくなくなります.それは人間という動物の宿命です。

人間以外の動物では「親が子供を育てる」のは一般的ですが、「子供が親の面倒を見る」というのは異常です.親は自分で自分の命を全うできなくなれば、自分で自分の体の始末をつけるというのが「自然の叡智」なのです。

このごろ「自然に学べ」とか「自然との共生」などと美しい言葉を言う人が多いのですが、自然の厳しさも学び、あまりわがままを言わないことも必要なのではないかと思います.

今の60歳以上の人(私も含め)は、若い頃年金を払わず、年をとって年金を要求し、若い人の職場も作らず、赤字国債を出して将来にツケを回し、自分の余生だけを楽にしようとしている・・・そのように私には見えるのです。

(若い人もエコポイントに群がっているのですから、同じような気もしますが、立派に自分で働き、自分のお金の範囲で生活している人も多いのです。)

(平成221219日 執筆)