(第一回は「市民に犯罪を強いる名古屋市選挙管理委員会」と題するものです。)

「名古屋選管事件」は現代の日本で異様な様相を呈しています。私などは戦後の日本しか知りませんでしたので、まさか、日本の選挙などで「選管の不正」が行われるとは夢にも思っていなかったからです.

テレビなどを見ていると、形だけは民主主義になっても、まだ未成熟な国で初めて選挙が行われるような場合、「選管の不正選挙」が良く報道されます.でも、それは自分の世界と違う、遠い「未開発国」だと思っていました。

名古屋が「未開発市」とは!?

「名古屋選管事件」は次のように始まりました。

まず、一昨年の4月にそれまで衆議院議員だった河村たかし氏が市長選に立候補、50万票を越える圧倒的票数で当選しました。

その時の河村市長の公約の柱は、

1.   市民税10%減税、

2.  民主主義発祥の地・名古屋、

でした。市民税10%の削減について、市長は、

「税金を納めている方が苦しみ、税金を受け取っている方が楽をする社会を変えたい」と言い、それが市民に支持されました。

確かに、学校を卒業した人の半分が就職できない時に、税金をもらっている人の待遇は優遇され過ぎている感じがします.

もう一つ、「減税」に関する市長の信念がありました。それは、

「財政改革を行ったら減税につながらなければならない。改革を行ってムダなところを削っても、それが見えないまま他の目的に使われるのは実質増税になる」

ということで、やや専門的なので多くの市民に浸透していたかどうかは別にして立派なお考えと思います.

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そして実際に河村市政が始まりました。

具体的には減税に向けて、天下りの禁止、名古屋市の外郭団体の整理、市役所内の改革、市長自身の報酬を約3分の1にする(2400万円を800万円に)などを行いました。

名古屋にお住みになっていない方にはこのような経過はご存じないのですが、「天下りの禁止」(その団体への市税の供給などを含む)や外郭団体の整理では、市長に対して多くの反対がありました。

しかし、「税金を払う人が苦労して・・・」という社会を変えるには、どうしても「税金をもらう人」に我慢してもらう必要があり、それは「選挙公約」でもあったのです。

そして、市長自ら報酬を3分の1にし、市長車を軽自動車にする(議会が否決)などの予備的な措置をした後、10%減税を議会に提案しました。

市長が市税を減税できるというのですから、市議会が反対するはずもないのですが、一昨年の6月、9月と延期され、11月にやっと10%減税が可決されました。

ところが、この後に「民主主義」とはいえないような「昔ながらの村の政治」が顔を出してくるのです.それは市長の掲げる「民主主義発祥の地・名古屋」とはかけ離れたことだったのです。
(以下、次回)

(平成22127日 執筆)