教え子の結婚式で、私は始めて好きな都々逸を祝辞の中に入れました。

「一人笑ろうて暮らそうよりも、二人涙で暮らしたい」

「涙」という文字が入るので、お祝いの時にはどうかと思いましたが、思い切って使いました。それはこの中に「夫婦の神髄」が入っていると思うからです.

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「なぜ、結婚するの?」という問いはかなり奥が深いので、「なぜ、結婚したの?」という問いに変えると、

「彼女を愛したから」

という答えが返ってくるでしょう.「なぜ、(特定の)彼女と結婚したの?」と言う問いには、

「可愛かったから」

と言うかも知れません。そう、結婚は男女の「愛」を基本にしています.だから、ついつい「夫婦とは男女の愛情で結ばれている」と考えがちです。

でも、夫婦は、最初の3年は男女の愛、4年目からは家族の愛だと思われます。そして、

男女の愛の時には笑って過ごし、(最初の3年)

家族の愛に変わると涙で過ごす、(共白髪まで)

だからです.

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男女の愛というのは突き詰めて言うと、人間の場合、男性の性欲がゆがんでいますから、女性からの働きかけでそれに呼応するように生まれるものです。

だから、結婚してしばらくすると女性からの働きかけは弱くなるか、それとも新鮮さを失います.そんなときに、「別の女性」が登場すると男性の心が動くのは「当然」でもあります。

つまり「可愛い女性」と結婚した男が、3年目に「より可愛い女性」から誘いをかけられるとそちらになびくというメカニズムです.

これは約200万年前に動物としての性欲を失い、女性がお化粧を始めた時からのことで、いわば人間の男性に科せられた業のようなものです。

この業、つまり人間の男性の頭脳が発達したことと、一夫一妻制との間の矛盾をどのように処理するか、そこに結婚した男性の「価値」があると思われます。

人間の人生には、楽しさと苦しさがありますが、結婚3年までは楽しさだけで、それからは二人で苦しさを共感しながら生きていくと、その内「男女の愛」より強固な「夫婦の愛」が生まれ、それは「家族の愛」ですから、移り気のない強固な絆と言えるのです.

一緒になって子供のことで悩み、お金で苦しみ、病気の時には助け合い、そして一緒に涙するのです.

この世に男女という2つの性があることは本当に素晴らしいと思います.体も頭脳も考え方も、趣味も感情も、何もかも違うから人生というものが存在すると思います.

結婚届を出したから夫婦ではなく、同居しているからといって夫婦でもなく、男女として愛しているから夫婦でもありません。

結婚してしばらくして、男女の愛を「家族の愛」に転換できた夫婦こそ、本当の夫婦なのでしょう。もちろん、強い家族の愛に昇華した夫婦の間にも男性と女性の間ならではの緊張感と愛情が残ります.

(平成22123日 執筆)